ひとりあそび【ジロウくん】
投稿者:ねこじろう (147)
もちろんそこには誰もいない。
莉菜はそれからジロウくんの釣りの邪魔をしないように河原で石を拾ったりして遊んでいたが、じきに飽きて今度はピンクのゴムボールで遊びだした。
裸足になってジーンズの裾を捲り川の水に足を入れている。
少し不安になったが水深は浅いので見守ることにした。
莉菜は川の中央よりも少し手前辺りで立ち止まると、持っていたボールを力一杯前に投げた。
ボールは対岸には届かずそのまま川に落ちると、逃げるようにさぁぁぁっと流れていく。
遠ざかるボールを唖然とした様子で見送りながら莉菜は力一杯泣きだした。
私は慌てて立ち上がり走ってボールを追ったが、思ったよりも流れは速くあっという間に視界から消えていった。
「大丈夫 ボールならまた買ってあげるから」
そう言って私の胸で泣きじゃくる莉菜の柔らかい髪を優しく撫でていると、すぐに可愛い寝息が聞こえてきた。
恐らく遊び疲れたのだろう。
一人娘の小さな頭を膝に乗せて川辺に座り、心地好い清流の音色を聴いていると太陽はいつの間にか彼方に望む山の端辺りに移動していて、空も川も木もそして莉菜の横顔も全てが黄金色に染まっていた。
─このまま、この素敵な瞬間が永遠に続いたらいいのに、、、
そんなことを一人考えていると、いつ起きたのか莉菜が半身を起こし「ママ、お腹すいた」と言う。
「じゃあ今晩は、お家でハンバーグ食べようか?」
と笑顔で返すと「うん!」と元気よく立ち上がった。
そして「じゃあ、ジロウくんにさよなら言ってくるね!」
と言って川の方に走りだした。
シートを折り畳みジーパンのお尻を叩いて車のところまで行こうと歩きだしたのだが、莉菜はまだ川の真ん中辺りに立ち何かしゃべっている。
─もう、しょうがないなあ
私は一つため息をつくと靴を脱いで裸足になりジーパンの裾を捲ると川に足を入れ、小さな背中の方に向かって歩いていく。
相変わらず莉菜は下を向いてひそひそと水面に向かって何か話している。
「ほら莉菜、もういい加減にジロウくんにさよならしなさい」
と莉菜の背中に向かって声を掛けながらいよいよ真後ろに近づき、肩越しに顔を近付けたその時だった。
一瞬で身体中に悪寒が走り、
心臓が激しく鼓動を始める。
莉菜の視線の先の澄んだ川底に、水流でユラユラ歪む男の子の白い顔があった。
何故だか首も肩も何もなくただ大きく両目を見開いた幼い男の子の白い顔だけが、莉菜に向かって無邪気に微笑んでいる。
「莉菜ちゃん、ダメ!」
咄嗟に私は莉菜の胸を抱きかかえると、そのまま岸辺に走った。
子供の無邪気な心はやっぱりすごい…