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心霊

砂の唄さんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

ガラスの糸
長編 2023/03/06 16:30 10,804view
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思えばCには問題行動とまでは言えないが、奇妙にも思える行動がいくつかあった。テレビがついているとそれを延々と何時間でも見続けていて、しかもそれは画面に人物が映っている場合のみで、アニメや動物が映っている時は全く興味を示さないのだという。また、たとえ見ず知らずの人であってもずけずけと近づいて行き、抱っこを求めるような仕草をしていたこともしょっちゅうあった。M先生も親身に話を聞いたが、どうしても自分の専門外のことであるため気休めのようなことしか言えなかった。

Cが2歳になった頃、ようやくCが言葉を話した。その言葉は「ママ」だった。Aは小児科の医師に報告し、再び発達を診てもらうことになった。医師は「確かに発語はしているが、誰に対しても『ママ』と言っていて言葉の意味を理解して言っているのではない。残念ながら発語があったとはまだ言えない」と説明した。「もっと大きい病院で診てもらいましょうか」という医師の提案にAは「もう少し様子をみたい」と答えた。Aだけでなく家族全員がCのことを心配していた。

それから少ししてA宅にある男が尋ねてきた。その中年男性はカイメイと名乗り、Aの祖母と古くから親交があり、今回直々に依頼をされたのでこうしてやって来たのだと語った。Aの祖母が部屋から出てきてカイメイをCのいる居間へと案内し、カイメイは遠目にCの様子を見ていた。話しかけたり、一緒に遊んだりもせず、ただじっと様子を見ていただけだった。しばらくするとカイメイはAの祖母と一緒に奥の客間へ入って行った。Aの母親も父親もこのカイメイのことを不審に思っていて、どうやらAの祖母は誰にも相談せず独断でこの人物を家へと呼んだようだった。

Aはこのカイメイなる人物のことが気になり、2人が入って行った客間の近くで聞き耳を立てていた。「複数の赤ん坊…いや、水子の霊が憑いている」Aはこの言葉をはっきりと聞きとるや否や、扉を強く開けカイメイに詰め寄った。いくつも聞きたいことがあったが最初に出てきた言葉は「私は昔赤ちゃんハウスに行き、赤ちゃんの声を聞いた。それは関係があるか?」というものだった。カイメイは赤ちゃんハウスのことを知らなかったようで、Aにどこにあるのか、どういう噂があるのか等を聞き取った。一通り聞き終わったカイメイは「準備することと調べることがあるのでまた後日」とAの祖母に言い残して帰っていった。

カイメイがA宅を再び訪れる前にCは亡くなった。ある日の夕方に家を抜け出して、家から近い河川敷から川に落下して溺死した。以前からCは一人で家から出て行こうとすることが度々あり、家族全員が気を付けていたのだが、この日たまたま誰もが目を離す瞬間があったのだという。

M先生がCの葬儀に参加して何日か経ったある日、Aの母親から電話があった。「Cがなぜ死んだのか、なぜ普通の子とは少し違っていたのかを話したいという人がいます。母(Aの祖母)の古くからの知り合いで信頼のおける人物だそうです。先生にはAのことで大変お世話になり、Cのことも可愛がってくれたので声をかけさせてもらいました。もちろん絶対に来てくれなどとは申しません。先生の判断にお任せします」

ここから先は録音した会話を書き起こしたような形式で書かれていた。内容はある程度覚えているが、細部までは覚えておらず、誰が発言したかも覚えていない。読みづらいかもしれないが、覚えている範囲で以下に記す。

「最初にお話ししますが、Cくんには複数の水子の霊が憑いていました。全てのことはそれが原因と言えます。言いにくいことですが、C君はその霊達に乗っ取られた状態だったのでしょう。おそらく最初から最後まで」

「あなたはいきなり何ということを言い出すのですか!私達を馬鹿にしているのですか?」

「黙りなさい。カイメイさんは確かな力を持った方です。黙って聞いていなさい」

「えぇ、信じられないとは思います。ただ、Aさんから過去に赤ちゃんハウスという場所に行ったということを聞きまして、私も実際にそこへ行ってきました。そこにしばらくいて、私は自分の推測が間違っていないことを確信しました」

「その赤ちゃんハウスとCにどういう関係があるというのですか?あなたは一人で納得しているようですが、私にはあなたの言いたいことが分からない」

「順々にお話ししましょう。まず、その赤ちゃんハウスというのは〇〇地区にある廃墟でして、そこは…ずいぶん昔、それこそ戦後すぐの頃に色街があった場所です。色街、つまりは売春宿が並んでいた場所です。そこで働く女性たちはアトリと呼ばれ、そこでは百人を優に超えるアトリ達が働いていたと言われています」

「こういう場所ですからアトリ達には常にある問題が付きまといました。望まぬ妊娠です。おなかの大きいアトリは客が嫌がるということで、店側は彼女たちに辞めるか堕胎するかを迫りました。ほとんど全てのアトリが後者を選択せざるを得ませんでしたが、ここでも問題がありました。きちんとした病院にかかればお金がかかりますし、周辺の数少ない病院にアトリ達が押し寄せるため「よそへ行ってくれ」と追い返される場合もありました。そうなると時間とお金をかけて遠くの病院まで行かねばならず、大きな負担が伴いました」

「そんな状況を知ってか知らずか、ある医師がこの色街に粗末な医院を開きました。その医師は格安の料金で堕胎を行い、堕胎できる週数を過ぎている場合でも構わず施術してくれました。誰もがこの医師はまともな人間ではないと思っていましたが、この医院が多くのアトリ達にとって非常に都合のいい存在であったのは間違いありません」

「ある時、この医院に関するよくない噂が出回りました。それは『この医師が堕胎した胎児を薬の材料として売り捌いていて、小さくて売れないものは庭先でごみと一緒に焼いている』というものでした。前者の噂は確かめようがありませんでしたが、後者の噂は庭先で延々と何かを燃やす医師の姿を見たという人間が大勢いました。やがてそれは警察の耳に入り、色街には積極的に関与しない警察でしたが、人道的に許しがたいということで捜査が入る寸前の状況でした。そして、その医師は警察が来る前に医院に火を放って姿を消しました」

「警察は行方を追うためにその土地の所有者を確認しようとしましたが、いくら探せども分かりませんでした。どうやら、戦時中に記録が全部焼け、肝心の所有者も亡くなるかどこかへ逃げたのでしょう、持ち主不明の土地をあの医師が不法占拠していたのでした。結局、医師の行方は知れず、その土地は市の所有地になりましたが、市は焼け残りと瓦礫を撤去しただけで色街の中のその土地を放置しました。それから何十年かが経ち、色街は跡形もなく姿を消し、道路や鉄道の整備に伴い〇〇地区には住宅が立つようになりました。市は所有していた土地を放出し、医院があったあの土地も周囲の土地と混ぜ合わされ、何の説明もされずに売り出されることとなりました。そして、その場所に赤ちゃんハウスと呼ばれることになるレストランが建ったのです」

「なぜレストランが潰れたかは分かりませんが、あの場所には、生まれずに亡くなった胎児、まだ人ですらなかったものも含め、数多くの水子達の霊がいました。それこそ数え切れない程の霊達が未だにあの場所を漂い続けているのです。Aさんに確認しましたが、Aさんが赤ちゃんハウスに行ったのはC君が既におなかの中にいた時でした。その時に、漂う霊の何体かがまだ胎児だったC君に取り憑いたのです」

私は報告書から目を逸らすために顔を上げた。この場に誰もいなければ私はこれを放り投げていただろう。私は一呼吸おいて再び報告書に目を通し、それを意味のある文章としてではなく、ただの文字の羅列として頭に流し込んだ。小さい子供が嫌いな野菜を咀嚼せずに無理やり飲み込むのと何ら変わりのない行為だった。

それでもまだ報告書は数枚残っていたのだが、私はそれを最後までめくることができなかった。その先にはAのその後が書いてあるのだろう。そして、今やそれは単なる過去の記録として存在するのではなく、数年先のスズの未来となって私達を待ち構えているのだった。

全てを読み終えたのだろう、ケンは私の隣で黙っていた。時折何かを言い出そうとしてはそれを飲み込み、牛のように口をもごもごさせながら時間だけが過ぎていった。
「繰り返しますが宮本さんがこのAさんと同じような結末に至るかどうか断言はできません。ですが、医師が確認した妊娠週数から遡ると、みなさんが赤ちゃんハウスに行った時、既に宮本さんのおなかの中には赤ちゃんがいました。これは事実です」

「でも…そのカイメイって人に相談すれば、解決策とか…」ケンは何とか言葉を発した。
「最後まで読んだと思いますが、Aさんの家族は既に離散していますので連絡を取ることは不可能です。従って私達はそのカイメイという人物に接触するすべを持ちません」校長は非情とも思えるような態度で答えた。

「あなた方もすぐには飲み込めないでしょう、今日はこれで終わりにします。宮本さんには私達の方から話をします。まずはゆっくりと過去にあったこの事実を受け止めてください」校長はそう言うと、私達から冊子を取り上げ佐野先生に渡した。佐野先生はそれを持って校長室から出て行った。

「今日はもう遅いですから、私達がお家まで送って行きましょう。内田君のお家には私が、伊藤君のお家には佐野先生が送って行きましょう」
校長は私に玄関先で佐野先生を待つように指示し、ケンには準備ができるまで校長室で待機するよう指示をしたので、私達はここで別れた。言葉も行動もない無色透明な別れだった。

私は玄関先で佐野先生の車に乗り込んだ。佐野先生は私の家の住所をカーナビに入力し、車は生まれたばかりの夜の中をゆっくりと出発した。

「先生はあの報告書の内容を知っていたんですか?」
「知らなかった。正確に言うと校長に話をした今日の昼までは知らなかった。まぁ事例集があるというのは赴任してきたときに聞かされていたがな」
「失礼を承知で聞きますが、先生はあの内容を信じていますか?」
「俺だって、最初から中絶ありきの話をされて、根拠がこの報告書だなんて言われた時には呆れたよ。数少ないまともな人間だと思ってた校長がそんなこと言い出すんだからな。だが、実際に内容を読んでみると俺の信念や哲学なんてものは簡単に消えちまった。M先生は実に大した先生だよ。俺なんて足元にも及ばない教職の神様みたいなものだろう。ユウ、お前最後の方読んでなかったよな?」
私は答えなかったが、佐野先生は構わず話を続けた。

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