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心霊

砂の唄さんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

ガラスの糸
長編 2023/03/06 16:30 10,803view
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佐野先生が「行こうか」と言わんばかりに私の方へ寄ってきて、私のカバンを持った。私は突然のことにただただ戸惑っていた。
「あの、ユウはスズとずっと友達で…それこそ小学生から友達だったんです。今回のことでも誰よりも心配してくれて、気にかけてくれて…だからスズのことユウにも聞かせてくれませんか?お願いです」
ケンは涙声になりながら校長に訴えたのだが、校長は聞く耳を持たず「出来ません」の一点張りだった。

「お願いです。スズのことを俺にも教えてください。絶対に誰にも言いません、秘密は必ず守ります。お願いします」
自分がなぜそんなことを言い出したのか今でも不思議に思う。私はあまり感情的ではない方だと思っていたのだが、本性とは思わぬところで出てくるものなのだろう。

今度は校長が戸惑ったような顔をしたのだが、佐野先生は「いいんじゃないですか?当人が後悔しないなら」と言った。それから佐野先生が私の顔をちらりと見たので、私は「お願いします」と再び力強く訴えた。佐野先生の言葉が私を応援するためのものではないことに薄々気づいていたが、私はひるまずに校長と対峙し続けた。

校長は仕方ないとも、諦めたともとれるような物悲し気な表情を一瞬だけ浮かべた。それから壁際の棚のところへ歩いて行き、そこから厚めの冊子を取り出して佐野先生に手渡し、「もう一部コピーを」と告げた。佐野先生はそれを持って校長室から出て行った。

校長は私に座るように言い、佐野先生が戻って来るのを待って重々しく口を開いた。
「まず、宮本さんは病気ではありません。宮本さんは妊娠しています」

私の横に座っていたケンはひどく動揺しながら、しどろもどろに弁明を口にした。
「でも…ちゃんと、コンドームは使って……そんなこと……」
「避妊の失敗というのはよくあることです。これは病院で医師に確認してもらったことですから、まず、間違いはありません」
ケンは手足をせわしなく動かし、さっきよりも落ち着かない様子であったが、校長はそれを気遣う様子もなく話を続けた。実際ケンの口から出てくるのは言い訳の域を出ないものばかりで、それは話の進行を妨げるものでしかなかった。私が今でもこういう表現をするのは、あの時ケンに対して感じた反感や軽蔑が未だに私の中に残っているからだろうか。

「そして、今回の件ですが宮本さんにはもちろん、内田君にとっても非常につらい選択をしてもらうことになります」
ケンは理解が追い付いていないのか、怯えるように校長の顔をまじまじと見ていた。
私は何も言わなかった。言えなかった。言う権利がなかった。が、思うこと、考えることははち切れそうな程に膨張していき、それは子供が操縦するラジコン飛行機のように私の頭の中を駆け巡っていた。校長は話を続けた。
「それはもちろん2人の今後を考えてのこともありますが、今回はそれ以上に大きな理由があります」

佐野先生がファイルからまあまあの厚さがある冊子を2つ取り出して、私とケンの前に1つずつ置いた。校長の説明ではこの学校には生徒が校内、校外で起こした事件や事故の報告書をまとめた事例集が校長室に保管されている。そこには過去の多様な事例が保管されていて、例えば万引き事件であればどういう経緯だったか、どこに相談して誰が解決に協力してくれたか、どういう判断で処分が決まったか等々が記録されている。それで、似たような事態が起こった時にこの事例集を参考にしながら解決方法を考えるということがままあるのだという。佐野先生から今回の話を聞いた校長は赤ちゃんハウスという単語をこの事例集で見た記憶があり、確認してみるとそれは15年前のある事例に関係していた。この冊子はその報告書をコピーして綴じたものだった。

「今回の事態はその15年前に起きた出来事と状況がほぼ一致しています。初めに断っておきますが、これからお話しすることは現実離れしていると思われる部分が非常に多いでしょう。それに、これからのことが15年前と同じように進行していくという確証はありません。それでも15年前に一連の出来事が起こり、非常に不幸な結末を迎えた、これは変えようのない事実です。それを頭に入れておいてください」

15年前、3年生の女子生徒Aから担任のM先生に相談があった。相談内容は自分が妊娠しているかもしれないという内容だった。Aには一歳年上の恋人Bがいて、性交をした事実もあるという。M先生が病院に付き添い、Aは妊娠していることが確実となった。M先生はAに「どうしたいか?」と聞くと、Aは「生みたい」とはっきり答えたという。

それからM先生はAの家族と何度も話し合いをし、うまく言えないAの気持ちを代弁し続けた。そして、Bとその家族との話し合いも終わり、最終的にBはすぐには結婚も生まれる子供の養育もできないが、大学を卒業したら必ず一緒になると約束をし、その間子供はAの実家でAの両親、同居する祖母、Aを含めた4人で育てていくことに決まった。

また、Aは高校をみんなと一緒に卒業をしたいということもM先生に話していた。M先生はその願いを快諾し、他の生徒に理解してもらうため丁寧に説明を行った。それに加えて納得しない、理解のない生徒やその保護者には個別にじっくりと時間をかけて話し合いをしたという。また、当時の校長先生と協力して他の先生とも調整を行い、体育の授業は座学で対応したり、健診で早退するときには補講をお願いしたり、Aの卒業に向けて出来ることは全てやったといってもいい。予定日よりも早くに生まれたため、Aは卒業式には出席できなかったが、後日校長室でM先生をはじめとした先生たち、仲の良かった同級生が集まり小さな卒業式が行われた。

以上が、佐野先生から渡された報告書のコピーにあった内容と校長が口頭で話した内容をまとめたものだ。この報告書は5枚程度しかなく、冊子にはまだ何枚も続きがあった。

校長はそれ以降のページについて説明を始めた。
「ここまでがその女子生徒Aが在学中に起こった出来事です。残りのページには卒業した後に起こったことが書かれています。ですので、本来はこの事例集には保管されるべきではない、保管されないはずのものです。ですが、その時の校長が一緒に保管することを決定したのでしょう、こうして正式な報告書と一緒に保管されているのです」

私は次のページをめくってみた。今までのページは報告書らしく項目毎に分けられ、パソコンを使いきちんとした様式で書かれていた。しかし、それ以降のページは大学ノートにボールペンで書かれている手書きのもので、所々はメモ書きのように乱雑に書かれていた。少し内容を読んでみたが、今までのものは客観的で理路整然とした文章であったのだが、ここからは主観的、というよりも感情的な文章が目立った。

生まれた子供はCと名付けられ、順調に育っていったという。産後Aが体調をくずして病院に通ったこともあったが、母子ともに健康で大きな問題はなかった。Cが生まれて半年が過ぎた頃、Aが母親と一緒にCを連れて学校へやってきた。世話になったM先生と校長先生にCの顔を見せるためだった。以下は報告書にあった文章をそのまま記載する

C君は甥っ子と比べると随分と大柄な赤ちゃんだと感じた。Aは「この子おっぱいをたくさん飲むんですよ」とはにかんで私に説明した。私はC君を抱っこさせてもらった。C君は私の顔をじっと見つめると、AでもAのお母さんの方を向くでもなく天井や部屋の隅を見るようにせわしなく頭や目を動かしていた。次は校長先生が抱っこしたが、私の時と同じように校長先生の顔をじっと見て、それからは四方八方を見渡し、誰の方を見るでもなかった。Aのお母さんが「この子落ち着きがなくて…」と口にすると、校長先生は「きっと照れくさいんでしょう」そうおどけて答えたが、お母さんの表情は晴れない。私はC君から違和感、その表現も恐らくは正しくない、言いようのない不可思議なものを感じ取っていた。この子はどこか他の赤ちゃんとは違う、何と表現すればいいか、これだけ体重が重くても、この子がしっかり生きているという感触がどこか希薄なのだ。何かの拍子にぷつんと途切れてしまいそうな、決して口に出せない予感めいたものを、私は心の中にしまい込んだ。

それからもAは定期的に学校へ遊びに来てCの様子をM先生や校長先生に話した。Cを連れてくることもあったがA一人で来ることが多かったという。Cが1歳になってしばらくたった頃Aは少し心配なことがあると話した。定期的なCの健診で医師から「言葉が出ないね」と言われたらしい。体重は順調に増え、掴んだり、歩いたり身体の成長に問題はなく、指差しや指示に従うといった知的発達にも問題はないのだが、発語がないのだという。医師は「もう少し様子を見ましょう」と言ったのだが、Aは何となく不安になってきた。

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