浮かぶ瑕疵
投稿者:すだれ (27)
このシミこそ、友人が住み続けた物件の瑕疵であると雄弁に語っていた。
「無理心中だって。この部屋で50代の息子が70代の母を…ってヤツ」
「洗面台の排水溝、長い白髪が絡まってた」
「現場はこの部屋だけど。抵抗されて髪引っ掴んだんじゃね?手を洗ったのが洗面台、凶器は…」
「台所の包丁か。…君はそれを知っていて住むことを決めたのか?」
「いや、知らなかった。家賃の安さに考えなしに飛びついちまったからなぁ」
お前は信じないかもだけど、入居前の下見の時は壁床のシミは無かったんだよ。
最後の小物を磨き終えた友人が、元通りに棚に戻していく頃には。部屋に充満していた鉄っぽい独特な匂いは消えていた。
「なら君が出て行った後は、このシミも消えるかもな。そして次の入居者が決まればまた浮かび上がってくるんだ」
ここで何が起きたのか、瑕疵の事実を知らしめるように。
そこまで言うと、「信じるのか」と小声で呟き一瞬目を丸くしていた友人は、「自己主張強いおばけだな」と苦笑した。
「ただいま帰りました〜。ホラ、先輩の飲むヤツ」
「ああ、わざわざ済まないね」
「マジですよもう…俺のおススメのメーカーのヤツ教えるんで今度飲んでみてください。アレならどこでも売ってるんで」
「そうするよ」
「よし、もう少し片付けたら飯行こうぜ。今日は俺が奢るわ」
「おお、ありがとうございます先輩!じゃあ最後殺虫剤、スモークのヤツ買ってきたんで焚いて出ましょ」
「徹底してるね…」
「そりゃあ、次入る人のコト考えたらキレイさっぱりな方がいいでしょ」
後輩の言葉に、何とか「そうだな」と何食わぬ顔で間を開けずに返した。壁床一面に浮かぶシミと棚に向かおうとする意識を手元の飲み物に逃がした。「虫はまた定期的に湧くだろうけどな」と、後輩を青ざめさせる言葉をからかい混じりに吐く友人を制止するのは間に合わなかった。
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