浮かぶ瑕疵
投稿者:すだれ (27)
「この床のシミ、何だと思います?」
後輩が指差した先の床には点々と液が浸透したように一部分だけ変色した跡が見受けられた。
「何か溢したのかな。ある程度拭きあげるだけでいいと思うよ」
「でも洗剤で落ちなくて…しかもこの色まさか、血とかじゃ」
「さっき話題に上がった黒光りする虫だが、渾身の力で潰すと中から体液が飛び散り、その体液には仲間を呼び寄せる特殊な成分が含まれていて…」
「殺虫剤買ってきていいですか」
「いいよ。休憩しておいで」
顔を真っ青にした後輩が財布を引っ掴んで部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、思わずクツクツと喉を鳴らして笑ってしまった。なるほどこれは友人がからかうのもわかる。
「…さて、」
後輩の元へ向かう前に外して洗面台に置いたゴム手袋を眺める。指の部分に絡みつくように、細長い白髪が這っている。
これでかの友人に銀髪美女の彼女でもいれば万事解決だったのだがと息をつく。
自分の端末を操作して後輩の端末のアドレスを呼び出し、殺虫剤ついでに飲み物も買ってきてくれとメッセージを飛ばした。此方が頼んだ飲み物は特殊なメーカーのもので、置いているコンビニが限られている。この後輩は文句を言いながらも望むメーカーの物を買ってきてくれるので、これでしばらくは帰ってこないだろう。
友人が入り、音沙汰が無い例の部屋の前に立ち、しっかりとノックをする。
友人の声による入室許可。扉を開ける。
「アイツは?」
「おつかいに行かせた。長くて20分かな」
「まあそれだけあれば掃除できるだろ」
窓を開け放ち、日が差し込む一室に座り込む友人。
ドアも全開にし、一気に空気を循環させる。
「何か手伝おうか?」
「いや、触って何が起きるかわからんし」
「…そうか」
「何か起きたら、後は頼むわ」
「起きる前に止めるよ。その為に、自分や後輩を呼んだんだろう?」
友人は苦笑を返す。此方がドア付近に座るのとは反対に友人は立ち上がり、目の前の壁、その上部にある神棚のようなものに手を伸ばした。
1つ1つ、乗っている物を友人に丁寧に降ろされている棚とソレが備え付けられている壁、そして床には、台所の床と同じ色の斑点のシミが浮かんでいた。
「2年間、まあそれなりに大変だったんだよ。物音や匂いや、排水溝だってどれだけ掃除しても詰まるし」
作業の片手間に、友人は此方が振ったわけでもない話題を語り出した。1つずつ磨かれた物は差し込む光を反射している。棚は入居前から備え付けてあり、壁や床のシミはどれだけ拭きとっても消えないのだという。最初は友人はこの部屋も寝室として使っていたが、どこからともなく香る鉄のような匂いが気になり結局部屋には何も置かなくなったらしい。
「別に俺の私物じゃないし、不動産に任せて掃除しなくても良かったんだろうけど、しないとこの部屋から出て行けない気もして。…でもどうしても1人でコレと向き合うのが怖かった。スマン、お前ら巻き込んだわ」
「構わないさ」
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