「だったら何なんですか。」
「もう『嘘松』なんて書き込まないようにしてほしいだけなんです。」
「え?どうしてそれを…?」
「今度また『嘘松』なんて書き込んだら大変な事になりますよ。だからもうそんな事はやめてください。」
女は、やっと伝えられた事で、緊張しながらも、何か安堵したような表情をしていた。
「不思議に思われるかもしれません。私は『そういうの』が見えるんです。」
何をそんな馬鹿な、と言いたかったが、『嘘松』を知ってるのはどういう事だ?
そう考えている間、女は慌てたようにショルダーバッグから小さなケースを取り出し、中の名刺を俺に渡してきた。
「よかったらここに一度来ていただいたら、もっと詳しくお話ができます。もちろん、電話でもメールでもかまいません。」
俺は名刺を受け取り、じっくりと名刺を見た。名刺には
〈H駅前占いの館 占い師 〇川〇美〉
その裏には住所と電話番号やメールアドレス、そして簡単な地図があった。
(この女はこの近くにいる占い師なのか。今どきは宗教の勧誘は問題があるし…。)
そんな事を考えながら名刺の両面を繰り返し見て視線を上げると、いつの間にか女の姿は無くなっていた。
辺りをキョロキョロと見渡すと「いかなる勧誘行為を禁止しています」という立て看板があるのに気が付いた。
長い時間立ち止まって話をしていると、勧誘行為とみなされて何か注意でもされるのだろう。
なるほど、それならこの場からすぐにいなくなってもおかしくはない。
あんまり関わらなくて良かったなと思っていたが、家に着いた頃には女の事などすっかり忘れていた。
風呂から上がってビールを飲み、テレビをBGM代わりにしながらネットに書き込むのが俺の夜のルーティーンとなっている。
(さてと、嘘はどこですかね…。)
いつものように、荒唐無稽な書き込みを探し始めた。
<ちょうど高校受験の日の事でした。駅を降りて試験会場に向かっていると、同じ受験生であろう女の子に会場までの道を尋ねられた。せっかくなんで一緒に行きませんかと誘ったんだけど、結局二人とも合格したんで付き合うことになりました!>
くだらん!ただの願望かよ!よって嘘…
いや、待てよ、そう言えばあの時の占い師は「嘘松」はやめろと言ってたな…?何かとんでもない事が起こるとか何とか…。
女の言う事を信じるわけじゃないが、確かに最近は「嘘松」に囚われすぎたせいか、テレビもネットも楽しめなくなっていた。
(しばらくの間、女の言う通りにしてみるか…。)
結局、この日は何も書き込まないことにした。
それから1週間ほど経ち、妙な疑心暗鬼というか、人が言う事に対する疑問というものが無くなり、すっかり気分が落ち着いてきたのがわかってきた。
(たまには人の言う事も聞いてみるものだな…)
あの占い師の女のおかげか、何だか生まれ変わったかのような、最近はすがすがしい気分で生活が出来ているような気がしていた。
数年前に、これと少し似た話を書き込んだことがあるので、もしかしたらそれを読んだ方がいるかもしれません。その時は占い師ではなく、喪●福蔵でしたが。
作者より
ネット廃民ほどおもろい滑稽な存在はいない