サイコパス
投稿者:ねこじろう (147)
ドクドクと血の溢れ出る首を左手で懸命に抑えながら、男は右手で必死にドアを開けようとしている。
だがゲンちゃんが背中で寄りかかっているので、ドアはびくりともしない。
ゲンちゃんは寄りかかったままポケットからタバコを出し、一本咥えると火を点けた。
男は必死の形相で何か叫びながら、ドンドンと窓を叩いている。
その顔を見ながらジュンくんは、ゆったり煙を吐くゲンちゃんの横で腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
やがて男は窓に手の平を当てながら、そのままずるずると下に下がり出し、血だまりのできた座席シートの上でぐったりとなった。
「ほらほら、見いや、あれや、あれ」
ドアに寄りかかったままゲンちゃんは、車のボンネットのはるか上の青空を、眩しそうに指さす。
「え、どこどこ?」
ジュンくんは必死に指さす方向を探す。
「あそこに白くて長いのが、ヘビみたいにニョロニョロしながら飛んでいってるやろ。
お前、アホやなあ、見えへんのか?あかんわ」
そう言うと、ゲンちゃんはタバコを咥えたままドアを開け、ウォッシャー液を出しワイパーを動かして、フロントガラスの血をきれいにすると、ぐったりとなった男を運転席にきちんと座らせた。
そしてエンジンを止め車のキーを抜くと、ドアを閉め、外からロックし、キーを思いっきり遠くに投げた。
歩道を歩きながら、ゲンちゃんは横を歩くジュンくんに呟く。
「ジュン、わいな、これまで三十年間生きてきて、ようさんバラしてきたんや
そやけどまだ一回も臭い飯を食ったことないんやけど、何でやと思う?」
「そんなん分からんわ。何で?」
そう言ってジュンくんは上目遣いでゲンちゃんを見た。
「だいたいな人が人を殺すときちゅうのは、何かまっとうな理由があるもんや。
金とか女とか、それから恨みつらみとかな……。
でも、このわいといったらどうや。
わいが殺す理由は、あの最後の瞬間の最高のエクスタシーを味わいたいのと、空に消えていくあの白いモヤモヤを見たいからなんや。
この広い世界でそんなことで人を殺す奴なんかおるか?おらんやろ?
そやから、わいは捕まらないんや
人間ってやつはな、すぐにへ理屈を探したがるもんや。
ああじゃない、こうじゃないってな。
特に賢いやつほどそうや。
そんなやつらがお偉いさんでおる限り、わいは捕まることはないんよ」
ゲンちゃんはそう言って嬉しそうに笑うと、得意げに大股で歩き出した。
血ついとったのは内側やないんかい?
いや、捕まるでしょ。
理屈だけで警察は犯人探ししてるわけじゃないんだから。