サイコパス
投稿者:ねこじろう (149)
「ここでな、ぐーっと!力を込めていくんや。
ほならなあ、ほらほら見いや見いや、必死に暴れだすやろ」
と上下真っ赤なスエット姿のゲンちゃんは得意げに鼻を膨らませながら、地味なブラウスに黒のスカートを着た白髪の老婆の喉ぼとけに、節くれだった両手の親指をぐいぐいと食い込ませていく。
老婆は白目をむきながら皺だらけの顔にさらに深い皺を刻ませ、その手を両手で握り、必死に外そうともがくが、ゲンちゃんはますます興奮した様子でドンドン力を込めていく。
その目はゲームに夢中な小学生のそれに近いというか、そのものだった。
隣にいる黒のスエットに金のネックレス姿の、今年二十歳になるジュンくんが、その様子を楽し気に眺めていた。
やがて老婆の握った手は力が抜けていき、口から白い泡を垂らしながらぐったりとなると、ずるずるとリノリウムの床の上に倒れこむ。
同時に買い物袋が倒れ、ミカンが二、三個コロコロと転がっていった。
失禁したのか、アンモニアの匂いがプンと漂う。
「ここや。ここなんや!この命が途切れていくこの瞬間や。ここが最高なんや!エクスタシーや、エクスタシーなんや!
どうやジュン、自分今見えたやろ?」
今年三十路になる坊主頭でギョロ目のゲンちゃんは得意気にさらに目を大きくすると、茶髪でロン毛のジュンくんの顔を見た。
「ええ!何が?何が?」
ゲンちゃんの突然の問いかけに、ジュンくんは慌ててキョロキョロ辺りを見回す。
「あほか!今、白い大きい煙みたいの飛んでったやろー」
「ええ!?ホンマに?」
と言ってジュンくんは頭を掻きながら、たた頭上を見上げ続けている。
「そやから、自分は何時まで経っても一人前になれへんのや」
そう言い捨てて、ゲンちゃんはさっさと歩き始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
四月某日の正午。
雲一つない日本晴れの日。
郊外にある某大型スーパーの二階専門店街には、人通りがほとんどない。
様々な種類の店舗に混じって、青いビニールシートに囲まれた空き店舗がチラホラあった。
その一つの中に、ゲンちゃんとジュンくんはいる。
二人の足下には、十分前には「人」だった老婆の骸が、芋虫のように丸くなって転がっていた。
歩き出すゲンちゃんの背中に向かってジュンくんが、
「なあ、この婆さん、どないすんの?」
と尋ねる。
「さあ?……どっか端っこにでも置いとけや」
血ついとったのは内側やないんかい?
いや、捕まるでしょ。
理屈だけで警察は犯人探ししてるわけじゃないんだから。