「今思えば、」
小さい人、わたしたちと同じくらいの子どもだ。
手つないでるのはおかあさんかな。
おかあさんが、
黒いけむりにつかまって
引っぱられて、
…あ、
「もう少し早く止めれば良かったんだよな」
小さい子が
こっちをふりむい
妹が言い切る前に、友人は妹を抱えて境内の端から離れた。
妹が凝視した光景は決して見ていいモノではない、見ていたことをアレらに悟られてはいけない、友人は本能的にそう感じたそうだ。駆け出した弾みでボールは境内下の傾斜を跳ねて落ちて行ったが、そんなもの気にしていられなかった。
「妹ちゃん、本気で怖かったと思う。抱えてる時背中に回してた手がずっと震えてたし」
友人は迷った。このまま家に送っても大人はいない、他の子と遊んでるクラスメイトだけに事情を話すのも難しい。何より本能が『境内から出るな』と言っていた。だから友人は必死に境内の中で一番安全な場所を探した。
神社には神様がいる。その程度の知識だったが、見てしまったアレらから自分自身と妹を守りたかった友人は妹を抱えたまま社の前を陣取った。可能なら中に入りたかったが頑丈な南京錠は子供の手ではどうしようもなかったので。できる限り社に近づき息を潜めた。その間も妹は震える手で友人の服を掴んでいた。境内を覆って影を作ってくれていた木の枝も、風でザワザワと揺れるたび黒い煙の手を連想させて恐ろしかった。妹や自分を探して手を蠢かせているように見えた。周りには各々遊びに興じる子供たちがいたが、楽し気な声はやけに遠く感じた。
「当時はもう必死で心の中で念じたね。『何でもいいから助けてくれ』って。あんな廃れた神社だから、実際に神様いたかわかんないけど」
「その後は、大丈夫だったのか?」
「まあ、無事かな?ちょっと大変だったけど」
友人はその後倒れてしまったらしい。腕の中にいた妹が泣き声をあげ、気付いたクラスメイトたちによって家まで送られたそうだ。友人は高熱を出したが翌日には快復した。この辺りは友人にはハッキリとした記憶がなく、泣いてる妹を見ながら意識が遠のき、気が付いたら自室のベッドで丸1日経過していた。
身体もすっかり良くなった頃、妹が母親と一緒に詫びの品を持ってきた。母親からは妹が迷惑をかけたと深々と頭を下げられたが、これっぽっちもそんな風に思ってなかった友人は妹にまた遊ぼうと持ちかけ2人の目を丸くさせたとか。
「穴のくだりは怖かったけど、妹ちゃんのせいではないだろって」
「妹の見える体質は苦労しそうだが、君みたいな豪胆な第2の兄貴がいれば安心だったろうな」
「おかげで結婚式にも呼ばれたわ」
心底嬉しそうに言う友人に此方も思わず笑いが零れた。「そういや、途中で何か言いかけてなかったっけ?」とグラスを持つ友人には、「オニイチャンの惚気を聞いていたら忘れたよ」と返して酒を注いでおいた。
友人に聞かせるには野暮だろうと思ったのだ。
調べて知っていたのだが、その時2人が見ていた山肌には、かつて防空壕に続く穴が空いていたこと。
掘られた穴が中で崩れ、崩落と空襲で防空壕の周囲で多くの犠牲者が出たこと。
その穴は自分たちが生まれる数十年前に埋められ、友人たちが体験した当時すでに山肌に穴はなかったこと…つまりは友人が見たという穴そのものが、この世のものならざる存在だった可能性があることなど。
助かったのは神社の神の加護だったかもしれないとはいえ、1人の少女にとって命の恩人に変わりない友人に、その辺りを聞かせるのは野暮だと思い、煽った酒で口に封をした。























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。