誘う電子の声
投稿者:すだれ (27)
長編
2022/10/19
20:29
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「右に曲がったら何があるんだろうって、気になってただけだから。神様の山があるってわかっちゃえば、もう大丈夫」
山には行かない。この道は真っすぐにだけ走るよ。
そう言いながら自分の端末を手に取り、手動で操作した。
『ルート案内を、終了します』という音声を聞いた瞬間、強張っていた身体の力が抜けて手からゴトリと端末を溢した。
「これも静電気が原因?」
「いじわるを言わないでくれ…」
「あっはっは!ビックリさせちゃったねぇ」
「音楽流そう!好きなCD選んでいいよ!」と友人は車を帰り道に戻し発進させた。あれだけ執拗に声を張っていたのに、今はうんともすんとも言わない。すっかり沈黙した友人の端末を横目に、できるだけ明るい歌詞の、アップテンポな曲が収録されているCDを選んだ。もし彼女の解釈を元に考えるとしたら、神様の長きにわたる熱烈な誘いを彼女に断らせてしまったのでは、という気付きを、神経が摩耗していたこの時だけは放棄したかった。車のスピーカーからは一瞬のノイズが名残惜しそうに走った。
あれから友人がどれほどこの道を行き来しても、端末のナビは誤作動を起こしていない。
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