誘う電子の声
投稿者:すだれ (27)
延々と右へ曲がるよう指示する無機質な声。
友人は聞こえていないかのように真っすぐ車を走らせ、その間も声は止む気配がない。
「…この道を通る時ね、絶対端末のナビが勝手に動くの。仕事からの帰り道は右に曲がるように、逆に出勤する時は左に曲がれって、ずっと言ってくるの」
『この先、500m先、右方向です』
『この先、300m先、右方向です』
「あなたを乗せてたらナビも動き始めないかなって思ったけど、やっぱ動いたねぇ」
『右方向です』
『…ルートを検索します』
『この先…』
「いつも夜は疲れて早く家に帰りたくて、朝は仕事に行かなきゃいけなくて、この道は真っすぐにしか走らないんだけど、」
『50m先、右方向です』
「もし曲がったらその先には何があるんだろう?」
『右方向です』
『右方向です』
『右方向です』
『右方向です』
「どうする?ちょっと行って…」
「霊峰だ」
可能ならウィンカーに指をかけていた友人の手を掴みたかった。
此方が言い、友人がハンドルを握り直す間もナビは車を右折させようと声を張っていた。
「神体山とも言う。山そのものに神が宿るといわれ神聖視される、山岳信仰の対象にもなる場所だ」
「山そのものが、神?」
友人はハザードランプを点け車を路肩に停めた。
神様が呼んでるの?と、しばらくぶりに目が合った。
君はそう解釈したのか、と声には出さず、自身の端末で右へ曲がった先にある山の紹介ページを見せた。
「行きたいなら付き合う。しかし…神を祀るための神社や社はあると思うが、この時間だと参拝は難しい、から、」
今日は帰ろう。
音声案内が響く車内だったが、自分の声と友人の声、互いの呼吸音はいやにハッキリ聞こえた。
車体の右側、友人の座ってる運転席の、その後ろの窓から見える山が。
まるで友人を呼ぶように。
手をこまねいているように、蠢いているように見えた。
此方の息が詰まるほどの沈黙の後。フ、と息を吐いた友人が、
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