届かない声
投稿者:ねこじろう (150)
─あれ、、、こんなところに、喫茶店なんかあったかな?
オレは特に理由もなく、重々しい木の扉を開ける。
カラカラカラーンという音とともに、かなりキツイ脂の匂いが鼻をつく。
それから小ぢんまりとした薄暗い店内を見渡す。
ワインカラーのカーペットに同色のソファー。
壁には、ビートルズのラストアルバム「アビーロード」のジャケットが飾ってある。
奥には、五、六人座れそうなカウンター。
その向こうには、白のワイシャツに黒い蝶ネクタイのマスターらしき男性。
まるで、昭和の時代にタイムトリップしたようなレトロな内装だ。
俺は、窓際にある二人がけのテーブルに俯きながら腰かける。
ふと顔を上げると、向こう側の二人がけのテーブルに女性が一人、こちらを向いて座っている。
年齢は30代後半くらいかな。いや、もっといってるかもしれない。
ロングのストレートな黒髪に、細面で色白の顔。
黒のタートルネックのセーターを着ていて、かなり痩せているようだ。
華奢な長い指で長い黒髪を軽くかきあげると、ゆっくりとコーヒーカップを口元に近づける。
それとなく目線を動かしていると、何度か目が合ったような気がした。いつもならそれで終わるのだが、なぜかその時の俺は違っていた。
今日のことで、少しやけくそになっていたかもしれない。
彼女が次にこちらの方を向いたタイミングを見計らい、思い切って
「こんばんは」と声をかけてみた
彼女は一瞬少し驚いたような様子を見せて、俺の方を見たのだが、すぐに先ほどの落ち着いた表情に戻り、またコーヒーカップを口元に近づける。
「あの、ここには、よく来られるんでしょうか?」
俺は必死に言葉を繋げていく。
果たして俺の声が聞こえているのかいないのか、向こう側のテーブルの彼女はちょっと考えこむように窓の方を覗きこむと突然、後ろを振り向き口を開いた。
「すみません、駅に人が多いみたいですけど何かあったんでしょうか?」
「え!?駅に人?あ、、それは」
意外な質問をされた俺は、どぎまぎしながらも最後まで説明しようとしていたら、カウンターの向こう側にいたマスターが、しゃべりだした。
「あ、あれね。人身事故があったらしくて、上下線がしばらく不通になっているみたいだよ」
「人身事故?」
「うん、詳しくは分からないが、40代くらいの男が線路に飛び込んだらしくて」
「え、飛び込み自殺ですか?」
もの悲しいな