近所のレトロな床屋
投稿者:ねこじろう (147)
うちの家の近くに小さな床屋があるんだよね。
くすんだ白い壁にはツタが絡まり、入口の上の看板は汚れて店名が消えかかっていてね、
ドアには昔々に流行したヘアスタイルの男性のポスターが貼ってあって『男は決めろ!』という意味不明のコピーとかが書かれているんだ。
ある晴れた休みの日のこと。
馴染みの床屋に行ったんだけど、その日はたまたまそこがいっぱいだったから、この店に行くことにしたんだ。
「はい、いらっしゃい」
オールバックの中年のマスターがスポーツ新聞をたたみながら、ノッソリとソファから立ち上がる。
50歳後半くらいかな。
ミジンコのように目が細くて角張った顔をしてて、でっぷりと肥えた体躯に白衣を着ているんだ。
店の真ん中には古ぼけた黒いリクライニングシートが一つだけあって、その前に大きな姿見がある。
どこにでもある街の床屋さんの店内だったな。
「どうします?」
鏡に映る僕の顔を見ながらマスターが聞くから、僕は希望のスタイルを言った。
髪を切りながら何気に尋ねてくるんだ。
「お客さん、家はどこです?」
「F町3丁目です」
「あれ、うちの近くじゃないの。
私ここでもう、20年やってるんだけど、お客さん、見かけたことないなあ」
「はあ……」
まさか行きつけの店がいっぱいだったからとは、さすがに言えなくてね。
そしたらマスターが訥々と語りだしたんだ。
「実は私ね、前は札幌にいたんですわ。
高校出てから理容学校に通って、免許とったんだけど、最初からいきなり店は開けないから、ある店に修行に行ったの。
当時はお兄さんのように私も若かったから、彼女がいたんだけど、その子も理容師で同じ店にいたんだ。
小柄で気の利く良い娘で、いずれは、その娘と一緒に店をやろう、と思ってたんですよ。」
髪を洗いながら続ける。
「ところがね、ある日突然その子、店辞めちゃって、いなくなったのよ。
あちこちかなり探したねえ。
でも、見つからなくて……
もうダメかなと思ったころ、意外なところで見つけたんだ。どこだと思います?」
こっわ