指を差し数える影
投稿者:すだれ (27)
低い声で呼びながら兄は目の前に立った。
此方の思考を止めるように。
明かりが1つも無い、誰もいない校舎の窓を凝視する此方の視界を遮るように。
「見るな。アイツら全員に気付かれるとお前も窓際で首吊るハメになるぞ」
アイツらみたいに。
喧噪の中でもスルリと耳に届いた声を聞いて、ようやく兄を見た。
険しい顔の兄がため息を吐きながら此方の腕を掴んだ。
従弟たちがいる出店の方へ歩き出す。
遠くに美味しそうにりんご飴を舐める女の子を見つける。
もう一方の手には金魚の袋。此方に気付きりんご飴を振った。
女の子には恐らく本当に金魚の声も聞こえているし、窓際の存在も見えている。
「ああいうの、有害無害の区別つかないのも厄介なんだけど、有害だってわかっても首突っ込もうとするヤツはもっとタチ悪いんだよ」
「…こっち見ながら言うなよ」
「お前の事言ってんだよ。…さて、祭りも終わるし帰るか。またあの子が数えようとしないうちに」
お前がバカな事しないうちに、と腕を引かれる。
これだけ強く掴まれては振り解いて校舎の方へ向かうことも、身を翻して校舎を見ることもできない。
湧いた探究心は行き場を失い、太鼓に震えた内臓の中で胸焼けのように渦巻いた。
あれから随分と経ったが、兄から詳しい事は聞けずじまいでいる。当時幼かった女の子も成人していて、あの時の話を聞けないかと思ったが、兄曰く「あまり意識させていいものじゃない、いっそ忘れていたらその方がいい」とのことだったので話題に出さないようにしている。
祭りの会場になっていた小学校は、従弟が卒業した年に惜しまれながら閉校した。敷地内に人が出入りすることはできないが、校舎と人影の噂は今でも残っている。
「兄から詳しい事は聞けずじまい」なのに成人した女の子にあの時のことを聞こうとして、兄に諫められている。
つまりあの時の事を兄と話す機会はあったのに詳しく聞かないのは矛盾している気がします。