トイレの老婆

あたしは高校時代悪友とよくつるんでいて、勉強も苦手だったせいか学校をサボっては仲間と街をぶらついては問題を起こしていた。

周囲の迷惑なんて考えもししなかったから、仲間内でバカ騒ぎしては周りから白い目で見られてたし、言ってしまえば万引きして警察に連れていかれた事もあった。
その時は母が泣きながら警察の人に頭を下げる様子を目の当たりにして、親不孝な事してしまったと動悸が凄かったけど、人間そんなに性格が一転するほど改心できる筈もなく、その後も法律に違反しない程度には世間に迷惑をかけてたと思う。

そんなある日、いつもの仲間と肝試しに行くことになって、あたしは父の説教も程々に「約束あるから」と逆切れする様に家を出た。

頭の悪い女３人に男２人の5人組で、廃墟ビルみたいな所に向かった。
打ちっぱなしのコンクリートが主張する廃墟は、聞いた話では嘗て病院だったとか、区の施設だったとか、調べる気もしなかったけど、昔は住民が利用する場所だったのは確かのようだ。

今でこそあたし達みたいな輩が面白がって散策に来たり、暴走族の集会所として利用されているといった噂もある。

流石に夜中にやってくれば本格的な雰囲気が漂っていて、鼻先を掠める埃っぽさや土臭さが妙に寒気を掻き立てているように思えた。

男２人はスマホのライトを翳して自由奔放に中を散策し始めたので、あたし達女３人は怖がりな性格から身を寄せ合って薄暗い廊下を進む。

窓ガラスが無いせいか、建物の中に居ても自然の匂いが鼻腔を通って体を冷やしていたけど、時折、土や埃とは違う何か別の悪臭じみたものが嗅覚を刺激する。

何か腐った様な、排便物の様な、そんな強烈な臭いなんだけどどうにもこれといって特定できる具体例がなかった。

同行する二人に訊ねても、「んー、一瞬何か臭かったかも」と首を傾げられたんだけど、匂い自体はあたし同様にかぎ取っていたみたいだ。

「ねえねえ、ここお風呂？」

女友達のとある入口の前に立ってそんな事を言うものんだから、あたし達も倣って中を覗く。
脱衣所と思しき空間を挟んだ先には、ボロボロのカーテンと小さな浴槽が見えた。
詰めれば男二人くらい入れそうな浴槽だったけど、誰かが破壊した様な砕けた箇所がいくつか目立つ。

「やっぱ病院だったんかな？」

正直、以前何に使われていたとかは興味が湧かないけど、建物の規模を考えればそこそこ大きなクリニックかもしれないと思った。

三人で十畳と満たない浴室を見渡しているとポチャンと雫が垂れる音が響く。

咄嗟の事に三人で音がした方へライトを向けると、何故か錆びれた蛇口から雫が垂れていた。

「え、水道止まってるよね？ありえなくない？」

友達の言う通り、随分前から廃墟となってる建物に水道が通っている筈がない事は馬鹿なあたしにも分かった。

ただ、目の前の蛇口からは、三滴目、四滴目と雫が溜まっては砂埃が埋め尽くすタイルの上へと着地する。

砂埃が溜まっているという事はこれまでこの蛇口が使われていない事を意味している筈だけど、この時のあたし達は、きっと以前ここに来た浮浪者や輩がここで水遊びでもしたんだろうと考えて、そそくさとその場から立ち去った。

廊下へ出ると、男2人がスマホから音楽を流していて、一瞬何事かと思った。

問い詰めれば「だって何も出ねえし、退屈じゃん」と子供みたいに拗ねてた。

今度は5人で行動する事になって、あたし達は談笑しながら廃墟を散策する。
途中何部屋か入ってみたけど、病室でよく見かけるパイプベッドの骨組みだけが置かれていたりと、病院の名残りが所々に散見された。

「病院なら死んだ患者の幽霊とかいそうだな」

「不謹慎」