アパートの黒い男
投稿者:どんぶりあたま (2)
これは私が20代の頃に住んでいたアパートでの話です。
そのアパートは会社が寮として借り上げていて、住んでいる人は全て同じ会社の人でした。
まだ社会人になってまもなかった私にとって、会社というつながりがある人たちに囲まれた環境は、どこか安心感がありました。
私の部屋は1階で間取りはワンルーム。広くはありませんでしたが、1人暮らしするには十分なスペースです。
築年数は数十年くらいだったと思います。少し古めかしい、どこにでもあるようなごくごく普通のアパートです。
住んでいるうちに、同じアパートに住む年の近い人たちと仲良くなり、ときどき一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりするように。
そんなある日、仲良くなった友達の1人であるA子と2人で飲んでいるとき、A子がアパートにまつわる変な噂を聞いたと話始めました。
それは、アパートの2階の1室に幽霊が出るというもの。
詳しく聞くと、その部屋に入居していた人が変な音に悩まされたり、寝ているときにうなされたりしていたそうで、現在は空室になっているとのことでした。
少し背筋を寒くしながらも、自分たちの住んでいる部屋の話ではないので、どこか他人事のように感じていました。
その噂を聞いてから少し経ったある日、今度は隣の部屋に住んでいる友達B子と一緒に外で夕食をすることに。
お互い最近の仕事の愚痴などを話しながら楽しく過ごしているときに、彼女が何気なく、最近上の部屋からドンドン音が響いてくるときがあり、少しうるさくて困っていると口にしました。
このアパートは壁が薄めの造りになっているのか、ときどきこういった騒音トラブルが発生していたのです。
ただ、上の階に住んでいるのはおそらく先輩の年の人なので、文句を言ってこじれるのも嫌だから放っておくとB子は笑い、私もその方がいいかもねと笑いました。
食事が終わり、それぞれの部屋に帰った後で私は気づきました。
彼女の真上の部屋はこの前聞いた噂の部屋。そして、今は空室のはずなのです。
言いようのない不安のようなモヤモヤを感じましたが、それを彼女に言ったところでどうすることもできず怖がらせるだけだと考え、黙っていることにしました。
それからしばらくは仕事がとても忙しくなり、もう噂や隣の部屋に聞こえる音のことも私の頭のすみにおいやられていたのですが…。
仕事が少しひと段落した頃、週末に私の部屋を母が訪れました。
実家とアパートは大体車で1時間くらいの距離。
食べ物や雑貨などを差し入れる目的で、母はたびたびアパートに来てくれていたのです。
いつものように差し入れの入った段ボール箱や袋を抱えた母は、玄関に入るなりけげんな表情になり立ち止まりました。
「暗くない?」
光の差し込む昼間です。カーテンは開けているし、暗い要素は1つもありません。
「そう?普通に明るくない?」
と言うものの、母はけげんな表情のまま部屋を見回します。
「なんか…よどんでる感じがする」
1階なので多少の湿気はあると思いますが、カビが発生するようなレベルではなく、生活していて気にしたことはありませんでした。
何より、何度もこの部屋を訪れている母も今まではこのようなことを話したことはなかったので、私は多分母の気のせいだろうと思っていました。
「大丈夫だよ。湿気には気を付けてるし、換気もちょくちょくしてるから」
ゾクゾクしました。お母様も感じる方なんですね。