黒い影を踏み潰した
投稿者:アイス (6)
短編
2022/05/02
20:44
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私がとあるホテルで働いていたとき、そのホテルには小さいけれど割としっかりとした食事を振る舞ってくれる従業員食堂があった。
食事は昼と晩しか出なかったが、ホテルで働いているシェフがしっかりした献立を考えて料理してくれるので、私は毎回食事が楽しみで仕方がなかった。
その日も夕食の時間に食堂を訪れて、いつものように美味しいご飯を食べていると、賄いを作ってくれたシェフが私のところにやって来てこう話した。
「実はさ、俺、幽霊っぽいもの見るんだよね」
興味がなかったが、私はとりあえず「はぁ、そうですか」と答えた。
「この食堂にもさ、たまに黒い影がやって来てそこら辺の席に座ったりするんだよ」
「へー」
「で、さっきもその黒い影がこの食堂に来て、その辺の椅子に座ってたんだよね」
私は幽霊なんて見えないので、「ふうん」と聞き流していたが、シェフは声を落としてこう言った。
「で、君が座ってる席、さっきまで黒い影が座ってた席なんだよね」
「え?」
「君、黒い影を踏み潰したんだよ」
そこまで言われて私は慌てて席を立った。
そのシェフは普段から冗談ばかりを言う人なので、今回も冗談かと思って「やめてくださいよ!」と言ったが、シェフの目は笑っていなかった。冗談を言っているようにも見えなかった。
私は黒い影を踏み潰したらしいが、その後は特に悪いことは起きなかった。だが、あのシェフの真面目な真っ黒い目を思い出すと、今でも少しぞっとする。
黒い影とは一体何だったのだろう。
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