迫りくるやまびこ
投稿者:だれパンダ (31)
短編
2022/02/26
11:09
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数年前、夫と登山した時の体験です。
お互いレジャーが好きで結ばれた私たち夫婦は、結婚十周年の記念日に東北の山に登りました。
よく晴れた気持ちいい日で、七合目あたりまでは実に順調に上り続けていたのですが……
「急に霧がでてきたね」
「そうだな」
霧の中で方向感覚を失い、気付けば迷子になっていました。
山道で立ち往生を余儀なくされ途方に暮れた私は、夫と共に大声で叫び、周囲に助けを求めることにしました。
上手くいけば正しいルートを歩いてる人が気付いてくれるかもしれません。
「おーい、誰かいませんかー」
「おーい」
おーい、やっほー、おーい……間の抜けた声を張り上げて耳を澄ました矢先、霧の向こうから「おーい」と返ってきました。
「よかった、誰かいるわ」
ホッと安堵して踏み出しかけるも、夫に手首を掴んで制されます。
「待て、妙じゃないか」
「妙って……」
「今の声だよ。爺さんだった」
「それが何、お年寄りだって登山するでしょ」
咄嗟に言い返したものの、私たちが選んだのは岩だらけの険しい山で高齢者には不向きです。
顔を見合わせ黙り込んでいる間も声は続き、「おーい」「おーい」「おーい」とだんだん迫ってきます。
次の瞬間、夫と同時に回れ右して駆け出しました。やまびこはまだ「おーい」と響き続けています。声の主に見付かったらどうなるのか、想像しただけで気が狂いそうです。
幸いにして元のルートに復帰できたものの、あれ以来登山はぱったりやめました。
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