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呪い・祟り

くやりさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

白無垢に咲いた花
長編 2022/02/20 12:16 3,497view
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実家は明治時代から続く由緒ある呉服屋でした。現代では着物を買う人も少なくなりお世辞にも商売繁盛しているとは言えませんが、昔から付き合いのあるお客さんに贔屓にしてもらい、どうにか経営を続けられています。

これは私が小学4年生の頃の体験です。
その日は遠方に住んでる二歳上の従姉が遊びに来ており、大人たちが茶飲み話をしている間子どもだけで遊んでいました。

「良美ちゃんかくれんぼしよ!」
「うん、いいよ!」

じゃんけんの結果従姉が鬼を務めることになりました。いーち、にーい、さーんと大きな声で数える従姉をよそに庭に下りた私が向かったのは蔵でした。なんでもその蔵には店に出せない曰く付きの品がおさめられているとかで子どもの立ち入りが禁じられていたのですが、大人たちが話に夢中なら今ならばれないだろうと高を括ったのです。思えばこれが間違いでした。

大人たちや従姉の目を盗んで庭の片隅の土蔵に忍び込むと、埃っぽく黴臭い空気に包まれました。中は薄暗く手探りで進むしかありません。早くしないと従姉がくるとあせった私は、不吉に軋む梯子を上って二階へ行きました。

梯子を上りきり真っ先に目にとびこんできたのは思いがけない光景でした。衣桁に息を呑むほど美しい白無垢が掛けられ、それが暗闇の中でぼんやり光っているのです。
土蔵の二階にこんな物があったなんて、立ち入るのを禁じられていたのでずっと知りませんでした。

当時まだ幼いながらも女の子の性(さが)で花嫁さんに憧れていた私は、ドキドキしながら白無垢に歩み寄って、そって振袖に触れてみました。さらにはその白無垢を衣桁から取って体にあてがい、一回転してみます。

「すごい綺麗……なんで蔵にしまってあったんだろ、お店に飾ればいいのに」

場違いな白無垢の存在を怪しんだ矢先、不思議な現象が生じました。白無垢の胸元に曼殊沙華によく似た赤い花が咲いたのです。いいえ、よく見ればそれは花などではありません。

「血!?」

白無垢を一点だけ赤く染める血の痕にぎょっとしました。反射的に自分の口元を押さえて確かめたもののどこにも怪我などなく、着物の内側からじわりと染み出したようにしか思えません。

ひとりでに血が滲みだした白無垢を気味悪がって衣桁に戻した時、耳の裏側でひんやりした声が囁きました。

「どうして……」
「ひっ!」
「約束したではありませぬか」

私の背後に若い女性が立っている……彼女は恨めしげな声で呪詛を囁き、白無垢の胸元に咲いた赤い花を見詰めています。次の瞬間、気も狂いそうに恐怖に駆り立てられて梯子を下り母屋に駆け戻りました。

「どうしたの、大丈夫?」

「う、うん。気分悪いからお部屋で休むね」」

心配する従姉をごまかして部屋に引っ込んだ私は、布団を被ってがたがた震え、土蔵の二階の恐ろしい体験を一刻も早く忘れ去ろうと努力しました。数時間後、様子を見に来た母がびっくりしました。私の顔色が酷く悪く、苦しげに咳き込んでいたからです。体温計は38度を示していました。

「今日はもう遅いから寝ていなさい、明日になっても熱が下がらなかったらお医者さんに行くから」

その夜は体の火照りと胸の痛みに苛まれ、一睡もできずうなされていました。午前1時頃でしょうか、胸をかきむしり悶え苦しむ私の耳に妙な音が届きました。スルスル、スルスル……ドアの向こうから聞こえてくるしめやかな衣擦れは、誰かが歩いてる音に他なりません。不気味な衣擦れの音はベッドから動けずにいる私のもとへどんどん近付いてきて、得体の知れない恐怖が膨れ上がりました。

咄嗟に頭に浮かんだのは土蔵の二階で見た白無垢でした。あの時背後にたたずんでいた女性が白無垢を纏い、私以外の家族が寝静まった母屋を徘徊している光景を想像すると、パニックで叫び出したくなりました。

お願いだから来るな、来ないで……目を瞑って必死に念じていると視界の端でひとりでにノブが回り、ドアに数センチの隙間ができました。細い切り込みの奥から誰かが執拗にこちらを窺っています。とても嫌な視線でした。電気を消しているので顔は見えません。

また数センチ隙間が広がって、誰かがスルスルと部屋に入ってきました。高熱に霞む目がとらえたのは豪奢な白無垢でした。土蔵の二階で会った女性が白無垢を纏って歩いているのです。

(あなたは誰?私に何の用?)

心の中で懸命に語りかけるも返事はなく、白無垢の花嫁はベッドの傍らに立ち尽くし、無言でこちらを見下ろしています。角隠しの下で翳った顔はぼんやりし、目鼻立ちも定かではありません。

突然花嫁が激しく咳き込み始めました。口元に手をあて胸元をかきむしり、赤い花が咲きました。花嫁は自分の口から迸った鮮血を拭いもせず、情欲に狂った眼差しで闇の奥を見詰めています。

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