お国の為です
投稿者:凍 (8)
看護師が凄まじい気迫で一歩踏み出します。見開かれた瞳は狂喜に濡れ光り、右手には銀色のメスを握り締めています。
気圧されてあとじさる俺に鋭利なメスを突き付け、看護師がさらに言い募りました。
「女の細腕でお役に立てるかわかりませんが、ないよりはマシなはず」
「切り落とした腕を繋げっていうのか?ろくな器材もないこんな場所で移植手術が成功するはずないだろ、性別も違うのに……」
しかし合理的な説得は全く通じず、俺が頑として肯わないと見るや、看護師は自分の腕の付け根にメスをあてがいました。
「やめろ!」
声を限りに叫んで制すも一足遅く、看護師がメスで腕をかききり鮮血が噴き出ました。
彼女は恍惚と笑みを浮かべたまま、多幸感に酔い痴れています。
ベッドに仰向けた満身創痍の兵隊はヘラヘラ笑って看護師の血を浴び、「おいしいおいしい」と飲んでいます。
「お国の為に死ねて幸せです」
うっとり呟く女は瞳の焦点があっておらず、ここには狂人しかいないと痛感しました。
俺はすっかり肝を潰し逃亡を企てるも、すぐそこにあったはずの出入り口が何故か遠ざかり、どれだけ走って手を伸ばしても辿り着けません。
「お前は一体なんなんだ、ここはどこなんだ!まさかタイムスリップでもしたっていうのかよ!?」
半泣きで喚く俺にゆっくり詰め寄る看護師の背後で、ベッドに寝たきりの兵隊がよだれをたらして呻きます。
「痛いよおおおおお母ちゃん、モルヒネをくれええええ」
兵隊の右腕は肘から先がありません。看護師はふと何かに気付き、俺の顔をじっと見詰めます。
「女の腕が無理なら先生の腕を移植すれば問題ありませんね」
「は?」
「お国の為です」
「ふざけるな!利き腕をとられたら手術ができなくなる、医者としておしまいだ!」
「お国の為です」
お国の為お国の為と狂ったように繰り返す看護師と赤ん坊返りした兵隊に怖気を振るい、めちゃくちゃに壁に体当たりをかますと、フッと足元が浮かびました。
次の瞬間、深夜の廊下に放り出されていました。看護師と兵隊はどこにも見当たりません。
夢だったのかと安堵したのも束の間、ドアがあったはずの目の前の壁にシミが浮かび上がりました。
「うわあああ!」
それは片腕のない看護師の姿に見えました。腕の付け根からは今しもじわりと赤黒い液体が滲みだしています。
恐ろしさのあまり理性が消し飛んだ俺は、我を忘れて新館に逃げ戻りました。
翌日の昼間に出直して調べましたが、その時には壁のシミは消滅しており、昨晩の体験は誰にも信じてもらえません。
あの看護師と兵隊は何だったのでしょうか?この病院では本当に怪しい人体実験が行われていたのでしょうか?
後日判明したことですが、彼女が着ていた白衣は第二次世界大戦中の看護師の制服でした。
彼女は今もまだあの病院で、気の毒な兵隊に移植する腕の持ち主を待ち続けているのでしょうか……。
性別違うと移植出来ないんですか?
腕だけですか?
昔の技術力ではってことかな?
↑男性と女性じゃ腕の太さも違うだろ……
それ以前に血液型とか免疫の問題とか超えなきゃいけないハードル多すぎ
BJ先生なら、腕の移植も幽霊の手術も可能だな。三千万円くらい取られるけど。