異世界転生ドラ⚫︎もん

幼い頃はヒーローを夢見てた。
弱い人を守れる彼のような。
何事にも挫けぬ意思を抱く英雄のような。
不条理に立ち向かう勇気を持つ勇者のような。
しかし。
現実の世界は優しくはない。
勇者が存在するのはファンタジーの中の異世界だけだ。
何気ない毎日の中で理不尽な事態に晒されるなんて日常茶飯事。
他人の気持ちに振り回されて。
労働に対しての正当な対価も得れず。
飛来する流れ弾を防ぐ術もない。
…時に、その理不尽に対して怒りを覚える事もある。
しかし、俺には自分に害する者を排除する力はない。
それでも諦めきれずに、不条理を与えてくる相手に復讐したい気持ちは抱いてしまう。
誰が理不尽な流れ弾を愛することができることが出来ようか。

会社から帰宅したある日。
マンションのエレベーターに乗り込んだ時。
エレベーターに設置された鏡の中には。
今日も社会の理不尽に晒されて怒りを覚える俺がいた。
『復讐』
『やり返してやりたい』
不条理を与えてきた相手に復讐してやりたい。その力が欲しい。
鏡の中に映る俺の姿は、酷い顔をしていた。
心身ともに疲弊した俺が、自宅の玄関扉を開けた時。
…。
……。
………。
は？
ドアを開けた俺は、目の前に広がる空間を見て、唖然とした。
（ここはどこだ？）
俺の目の前には、見覚えのない部屋が広がっていた。

六畳程の広さの、畳の和室。
（自宅じゃない？）
驚く俺は、視線を回して部屋の中を眺め回す。
右手側には、小学生が使うような灰色の勉強机。
左手側には、押し入れの襖がある。
…部屋を間違えたか？ いや、そんな筈はない。表札は確認したし、鍵も間違っていなかった。
じゃあ、ここはどこだ？
俺は後ろを振り向き、今自分が通ってきたはずのドアに目を向ける。
視界の先には、確かに『ドア』はあった。
いや。
『ドア』しかなかった。
しかも、そのドアは毒々しい程のピンク色をしている。
俺は、このドアを通ってこの部屋に入ったのだろうか。
何気無く、そのドアのノブに触れようとする。
すると、その瞬間！
そのドアが、何の前触れもなく…。
足 元 側 か ら 消 え 去 っ た ！
透明なペンキを足元から塗りたくったかのように。
きれいさっぱり、ドアが俺に前から消失したのだ！
（なんだこれは？）
（俺はどこからこの部屋に入ってきたんだ？）
（というか、ここはどこだ？）
一連の異常事態に、俺の頭は混乱する。
その時だ！
「ど う し た ん だ い…？」
声がした！
一見女性とも男性とも聞き分けのつかないような、かつ野太く間伸びした声が…。
部屋の中の、押入れの襖の向こう側から聞こえた！
「ひい！」
俺は小さく叫び声を挙げる！
「ど う し た ん だ い…？」

俺の声の呼応するかのように、襖の奥から野太い声がもう一度室内に響く。
俺は、押し入れを凝視する。
俺に視線の先で…、
襖が、
ゆっくりと、
開く。
そして、襖の開いた押し入れの中から…何かが、
1m程の高さの物体が、
のっそりと、
姿を、
現した…。
息を飲んだ。…俺は、その物体に見覚えがあったからだ。
（…まさか…。あれは…。）
丸く青い巨大な球体。
それがその物体の『頭』だった。
その球体を、手足のついた人型の体が支えている。
球体には、人間の持つそれとは掛け離れたサイズの目玉と、赤く裂けた口があった。
胸と思われる部位には、半円型の白いポケットが装着されている。
呆然とする俺の視界の先で、その青い物体が口を開く。
人の頭なら丸呑みできそうなサイズの口だっだ。
真っ赤に開いた口から言葉が放たれる。
「ど う し た ん だ い 、の⚫︎太君？」
物体が、俺の名前を告げた。
いや。それは俺の名前ではない。だが、俺はその名前に聞き覚えがあった。
その時、俺の口が勝手に開き、俺の意思に関係なく、言葉を語る。
それは俺が幼い頃、テレビ画面の中から何度も聞いたことのある言葉だった。
「えーん、ドラ⚫︎も〜ん！ ジャイ⚫︎ンが僕を虐めるんだよ〜。」
…そう。
俺の目の前にいるのは、国民的アニメの登場人物。
未来から来た猫型ロボット…。
『ドラ⚫︎もん』だった。
そして俺は、その「ドラ⚫︎もん』に、自らの情けない境遇を嘆き続ける登場人物、『の⚫︎太君』だった…。