最初は、ただの朝の挨拶だった。
「おはようございます」
通勤途中、同じマンションに住んでいる男が、毎朝声をかけてくるようになった。
背は高いが、どこか歪んだ笑顔。
挨拶を返さないと、じっと見てくる。
返すと、満足したようにうなずいて、また翌日も同じ時間に現れる。
数日無視してみた。
すると、ドアの前に「おはよう」とだけ書かれたメモが貼られていた。
雨の日も、風の日も、同じ時間に現れては、無表情で「おはよう」と言う。
ある朝、寝坊して出るのが遅れた。
彼はいなかった。代わりに、ポストに入っていた紙切れ。
「今日は言えませんでしたね。残念です。でも大丈夫、明日からちゃんとしますから。」
翌日から、彼は「おはよう」の代わりに、後をついてくるようになった。
無言で数メートル後ろを歩く。
どんなに早歩きしても、距離は変わらない。
電車に乗っても、車両を変えても、必ず背後にいる。
駅員に相談しても「そんな人、見えませんでしたよ?」
防犯カメラには自分しか映っていない。
その夜、スマホの録音アプリに知らないファイルがあった。
再生すると、自分の部屋の音。
寝息、物音、そしてそれに混じって――
「……おはよう……まだ、言ってませんよね……」
その声が、すぐ耳元で聞こえた。
起き上がると、部屋には誰もいない。
ただ、ベランダのカーテンが少し揺れていた。
翌日、出勤時にマンションの管理人に聞いてみた。
「この階に住んでる背の高い男の人、毎朝“おはよう”って――」
言いかけて、管理人の表情が固まった。
「あの……◯◯さんですよね。5階のお部屋の。
あの部屋、2年前から空室なんですよ。
前の住人は……“挨拶されなかった”ことがきっかけで、自分の部屋で――」
























ストーカーかと思ったら…
普通に怖い