オレンジ

大抵の天井照明にはオレンジ色の小さな明かりが灯る、所謂豆電球がついていると思います。
自分は室内照明には大抵ついているであろう豆電球の明かりがとても苦手なのです。
…苦手というより恐れているといったほうがいいかもしれません。
居間でうたた寝をしているのはと家族が勿体ないと、明かりを豆電球にしてしまうことがあります。
目が覚めた時自分がいつもの居間があの薄暗いオレンジにより異なる風景になったように感じてしまうのです。
薄暗さ故に影は濃くなり、普段はなんてことない戸棚の影から得体の知れない何かが飛び出して来るのかもしれない…
勿論そう感じるようになったのは過去に体験したとある出来事が原因ではないかと思っています。
断定しないのはその不思議体験は恐ろしい出来事とは言い切れないからなのです。

まだ子どもの頃、確か保育園年長ぐらいの頃だったと思います。
当時母と一緒に買い物に行ったスーパーの帰り道で自分はよく「いつか山の公園に行きたい」と母に言っていました。
山の公園とはスーパーから少し離れた丘の上にある公共のスポーツ公園のことです。
そこには大型の滑り台が設置してありスーパーからもその滑り台のシルエットが遠目に見えたことからずっと気になっており、行ってみたいと思っていました。
買い物の度に言う自分のお願いに母は「いつか、ね」と優しく返してくれていました。
　
大抵の家庭がそうだとは思いますがこの頃は両親、自分と弟の四人川の字で眠っていました。
自宅の寝室の隣は居間、そこを抜けると短い廊下、その先はトイレと玄関という間取りになっていました。
そして寝る際必ず居間は豆電球をつけるという決まりがありました。

居間を抜けた先にトイレがあるので、父親が夜中にトイレに行く際居間のテーブル等に蹴躓かないようにする為です。
居間と寝室を繋ぐドアはスライド式のドアの為、ドアを見えやすく開けやすいようにする為僅かに隙間を開けていました。
なので薄気味悪いオレンジの光が寝室には差し込んでいました。
その時の自分は微妙に眩しい光を不気味とは思ってはいませんでした。
その日もいつもどおりに家族で眠っていました。
夢を、見ました。
夢で自分は母とあの山の公園に遊びに来ていました。
母に「滑り台に行ってくる」と言って念願の滑り台に駆けてゆきました。
自分以外にも遊んでいる子は何人かいたように思えます。
何度も滑っていると自分と同じぐらいの背格好の女の子が近寄って来たのです。
いつの間にか自分はその子と仲良くなりふたり一緒に滑り台で遊びました。
その子と一緒に滑り台を滑り終わった時母が滑り台の側にいることに気が付きます。
母は自分の見知らぬ女性と楽しげにお喋りしている様でした。
すると仲良くなった女の子が「お母さん！」と言って駆け寄っていったのです。
自分が女の子と仲良くなった様に母も女の子の母と仲良くなっていたようです。
親子揃って楽しく話しているといつの間にか帰る時間になったようで、自分は手を振って女の子に「ばいばい、また遊ぼうね」と言ったと思います。
女の子も「また遊ぼう！」とそんな返事をしてくれたように思います。

そこで目が覚めました。
夢そのものは決して悪夢ではありませんでした。
夢の中の自分は間違いなく楽しかった。
けれど目を覚ました時はまるで悪夢を見ていたように胸騒ぎと気味の悪さに包まれていました。
目を覚ました自分は今寝ている位置が何故か枕とは逆の方向、親の足の辺りで寝ていることに気が付きました。
掛け布団も明後日の方向に行っておりそれを持って枕に向かいました。
いつもどおり寝室には薄暗いオレンジ色の光が差し込んでいるので枕の位置はよくわかります。
さてもう一度ちゃんと枕で寝ようと体を横にしようとしたとき、何気なしに居間の方を見たのです。
そこには夢で仲良くなった親子が立っていました。
薄暗いオレンジの中にモノクロの彼女達は立っていた。
何かをする訳でもなく、ただ彼女達はとても穏やかな笑顔で自分を見ている。
目の前で起きていることに思わず声を上げそうになるも、声がでないことに気がつく。
声どころか視線も動かすことができずに彼女達を凝視することしかできない。
その当時金縛りという言葉を知らなかったので全く動けない、というのも恐怖を加速させました。
彼女達は微笑んで、悪意を感じないのにとても怖い。
そのまま全く動けないままどれだけ時間が経ったでしょうか。
彼女達はオレンジの光に溶けてゆきました。
完全に姿が見えなくなると金縛りはとけ、布団に倒れ込んだところまで覚えています。
今思い返すとあれは眠るというより意識を失った方が近い気がします。