腕の夢
投稿者:綿貫 一 (31)
これは夢の話だ。
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僕は、真っ暗な夜の街にひとり、立っている。
街は荒廃していた。家屋やビルはどれも半壊し、植物の凶暴な蔓が、それらをゾゾゾと飲み込んでいる。
当然、電気などは通じておらず、街灯や窓に明かりはない。ただ、夜空に異様に大きな黄色い月がぽっかり浮かんでおり、その澱んだ月光が、蝶の羽の鱗粉のように頭上からザラザラと降り注いでいた。
風はなく、生ぬるく腐敗した空気が夜の底に停滞している。
汗が喉元を伝い、それを左腕で拭おうとしたとき、肘から先が無いことに気が付いた。
まるで消しゴムでゴシゴシといい加減に消したかのように、その断面はモヤモヤとしてあやふやだった。
まあいいか、と思った。
瓦礫の散らばる夜道を、夢遊病者のようにフラフラと歩いた。
足元のアスファルトが、ブヨブヨして歩きづらい。まるで、動物の死骸を踏みつけているみたいだった。
真っ暗な曲がり角から、何かが歩いてきた。
そいつは、両腕を前に突き出していた。
それだけではなかった。
肩からも。
背からも。
胸からも。
腹からも。
脚からも。
頭からも。
顔面からも。
全身に無数の腕を生やした腕人間だった。
どの腕もてんでバラバラ自分勝手に、伸びたり縮んだりを繰り返している。
腕人間は、ゆっくりこちらに近づいてきていた。
誰かの悲鳴が響いた。
それが、自分の喉から溢れ出したものだと気づいたのは、数瞬あとになってのことだった。
僕はブヨブヨした地面を蹴って、腕人間の前を走り抜けた。
走って、走って、走って。
ブヨ、ブヨ、ブヨブヨ。
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