深夜、マンションに帰宅した僕に、青い顔をした妻が駆け寄ってきた。
「あなた! 今すぐ引っ越しましょう!」
「なんだい、藪から棒に。まだ『ただいま』も言っていないのに」
「じゃあ、早く言ってちょうだい!」
「ただいま」
「おかえり! それじゃあ、早く引っ越しましょう!」
「待って待って。
なんだって急に、引っ越すの引っ越さないのって話になるんだい?」
「私は引っ越さない話じゃなくて、引っ越す話がしたいのよ!」
「僕は、どうして君が急に引っ越したいと思ったのか、その原因の話がしたいんだよ」
「それが今、重要なことなの?」
「重要なことだと思うけど」
「いいえ、重要じゃないわ! 身の回りに危険が迫ってるって時に、重要なのは原因じゃないわ! その場から、すぐに離れることよ!」
「ここが危険だっていうのかい?」
「危険……かもしれない。
ううん、危険よ! あの子に何かあってからじゃ遅いんだから!」
「イチカに――?」
イチカは、2歳になる僕らの娘だ。
「そうよ。だからお願い、引っ越しましょう?
あなたが会社に行っているときに、また何かあったら、今度は私だけじゃ対処できないかもしれない」
「『また』? 『今度』?」
「股とかコンドルとか、ふざけている場合じゃないのよ!」
「ふざけてなんかいないよ。とにかく一旦落ち着いて。
ほら、深呼吸してごらん? はい、吸ってー、吐いてー」
「(スー、ハー)
ごめんなさい、取り乱して。すっかり落ち着いたわ」
「それはよかった」
「それじゃあ、早く引っ越しましょう! ハリー!ハリーッ!」
「全然だめじゃないか。
それで、いったい何が起こったっていうんだい?」
綿貫です。
それでは、こんな噺を。
最後の一行、、おしい