帰り道で見かけた人影

今思い出しても、不思議としか言いようがない出来事がありました。
まだ、私が二十歳の頃。大学に行きながらアルバイトをしていました。居酒屋で、帰りはいつも午後11時は過ぎていました。
徒歩で帰る時に、いつも私の前を歩く人がいました。街灯もほとんどないので、男性か女性かもわからないのですが、黒い人影は、一定のリズムでいつも歩いていました。
最初は、偶然かなと思っていたのですが、毎日毎日前を歩いているので、どんな人なのか気にはなっていたのです。
時々、車のヘッドライトに照らし出されるのですが、眩しくて体の形ぐらいしかわからなかったのです。
時々、私の方を振り向く気がしたのですが、それだけなんです。私は、思いきって追い抜いてみようと考えたのです。追い抜かす瞬間に、相手の顔を見ることができたら、どんな人かもわかるので、その顔をハッキリ見てやろうと考えました。

ですが、早歩きをしても追い付けず、私はますます不思議に思いました。そんなことがあるわけないのです。
なぜ、こんなに急いでも追い抜けないのかと思っていると、ふと人影が曲がったのです。

私は、慌てて追いかけて曲がりました。ですが、そこには誰もいませんでした。ですが、そんなはずはないのです。
確かに曲がったのですから。少しでも見えるはずです。
どこにも、隠れるところなどないのに、まるで、煙のように消えてしまったのです。

そして、後で知ったのですが、私が人影を追いかけて、いつもと違う道を歩いたその日。
私が普段使う道では、変質者が現れたらしく、バイト先ではその話が持ちきりでした。
もしかすると、あの人影は私を助けるために曲がったのかもしれない。なぜか、そんな気がしたのです。もし、あの人影についていかなかったら、もしかすると被害にあっていたかもしれません。
それから、バイトの帰り道。
あの人影が、私の前に現れるようなことはありませんでした。
今でも、あの人影のことをたまに思い出します。