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妖怪・風習・伝奇

四川獅門さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

叉鬼(マタギ)
短編 2021/02/20 21:24 12,288view
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昭和二年

太古の面影を残す山。二十余名のマタギ達が、1頭の熊を包囲していた。
勢子(セコ)と呼ばれる者達が、山の下方から獲物を追い詰め、尾根で待ち構えるブッパ(射撃手)の元へと追いやる。マタギの巻狩りだ。

そのセコの中に、田淵さんはいた。当時まだ14歳であった。
セコたちは雄叫びを上げながら熊をジリジリと追い詰める。田淵さんも負けじと声を張り上げ、熊ににじり寄った。

見晴らしの良い高台ではムカイマッテと呼ばれる者が獲物とマタギ達を見ている。
ムカイマッテの指示があるまで、ブッパ達は何があろうとじっと獲物を待つ。これを「木化け」と言った。

「イタズ(熊)出た!!ブッパ、タタけ(撃て)!!」

ムカイマッテの合図だ。
木化けしていた射撃手達が岩陰や木の裏から飛び出し、一斉に熊に銃弾を浴びせる。

バン!バン!バン!バン!

しかし、銃弾をくらった熊は倒れるどころか狂ったように暴れだした。
山の下方へ走り出した熊が向かったのは、田淵さんの持ち場だった。

手負いの熊が血を流しながら、猛スピードで突進してくる。
田淵さんはあまりの恐怖に持ち場を放棄して逃げ出してしまった。

熊は深い森へと消えていき、その日の狩りは失敗に終わった。
共に狩りへ出ていた父親に詫びるも、「お前にイタズはまだ早かった」と落胆された。

明くる日、何としても名誉を挽回したかった田淵さんは母親の目を盗んで一人、兎狩りへと繰り出す。

田淵さんはマタギベラという杖のような道具を手に持ち、アマブタという編笠を目深に被り、犬の皮を纏った。
納屋には埃を被った木箱があり、祖父の村田銃(国産のボルトアクション式ライフル)と「御山根本之巻」というマタギの免許のような巻物が入っていて、それを拝借した。

懐にはオコゼの干物を忍ばせた。
このオコゼの干物というのは食料ではなく、マタギ達の御守りのような物である。
山の神というのは女性で、とても醜いという。そんな山の神がオコゼの干物を見て「自分より醜い」と喜ぶらしい。マタギ達はその伝承を信じ、御守りとしてオコゼの干物を携帯した。

山にはうっすらと雪が振り積もっていた。これは好機であった。
雪は獣の足跡を追跡しやすくする。
田淵さんは意気揚々と兎の足跡やねぐらを探した
夜行性の兎は日中、木の根元の穴などに身を潜めている。外敵の気配を感じると、穴から耳を突き立て、外の様子を伺う。マタギ達はそこを狙って兎を仕留める。「忍び撃ち」という狩猟法である。

獣道に兎の足跡を見つけた田淵さんは、追跡を開始した。兎の足跡を追って200メートルほど歩くと、怪しい木を発見した。
こんもりと膨らんだ木の根元には、ぽっかりと穴が空いている。目を凝らすと、穴から兎の耳が飛び出した。

高鳴る鼓動を抑え、田淵さんは引き金に指を掛ける。『今だ!』田淵さんは一気に引き金を引いた。ズドンと山に銃声が響き渡る。

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コメント(4)
  • 静かな語り口が良い

    2021/02/20/23:23
  • 頬に熊の爪の一撃を食らって顔がえぐれなかったのかな?

    2021/02/21/13:42
  • 渋い文体で良い味わいですね。
    児童文学の旗手、松谷みよ子の昔話譚(とても異色だった)を思い出しました。

    2021/02/21/18:32
  • 深い専門知識と経験が背景にあるのを感じた
    読み応えがあった

    2021/02/22/23:46

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