どんどこさん
投稿者:ねこじろう (147)
今年85歳になる義母は去年ご主人に先立たれ、田舎の広い一軒家に一人で生活をしている。
末っ子だった妻は義母には特に可愛がられていたらしく、私の会社がしばらく休業ということもあり家族で妻の実家に行った。
家族と言っても、私と妻と今年小学校4年生になる息子の翔大の3人だけなのだが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
午後3時頃私たちは到着した。
義母の家は隣県の山あいの部落にあり、今は珍しい藁葺き屋根だ。
入口前には古く錆び付いた農機具が置いてあり、茶色い鶏が数匹忙しなくうろちょろしている。
立て付けの悪そうな木の扉をガタガタ開けながら、モンペ姿の義母が姿を現した。
「おう、おう、あんたたち元気にしとったね?」
日焼けしたシワだらけの顔をさらに崩しながら、直角に曲がった腰で出迎えてくれた。
七三分けで四角い顔の実直そうな義父の写真が飾られた仏壇に線香をあげてから、妻と私は広い和室の座卓の前に座り寛いでいた。
西側の障子は開け放たれており、息子の翔大と義母は縁側の板間に並んで腰掛け広い庭を眺めている。
時刻はもう午後4時を過ぎており、庭の植え込みや地面はそろそろ朱色に染まりだしていた。
しばらくすると翔大がこちらの方を振り向くと、心細げな顔をしながらこう言った。
「ねぇ、パパ!『どんどこさん』って知ってる?」
「どんどこさん?知らんなあ、何だそれ?」
「あのね『どんどこさん』は暗くなると出てくるんだって ちっちゃな太鼓を鳴らしながら『悪い子はいないかあ、悪い子はいないかあ』て言いながら」
おそらく義母がたった今、息子に話し聞かせたものなのだろう。
私は息子に尋ねる。
「悪い子がいたら、どんどこさんはどうするの?」
少し不安げな顔をして翔大は言った。
「山のずっと奥の方に連れていくんだって。
そこはパパもママも友だちも誰もいない真っ暗なところらしいよ」
「わあ、それは怖いねえ。
ところで、どんどこさんはどんな人なの?」
「あのね、園長さんみたいなんだよ」
「園長?」
隣に座る妻の美沙代がクスクス笑いながら、私の耳元でささやく。
「ほら、うちの近くの教会の」
「ああ!あのシスターさんね」
翔大…
なんとも言えない無力感。。
実際直面すると物語みたく思うようにはいかないものだろうけど。