とある処刑場の記憶
投稿者:笑い馬 (6)
この村に引っ越してきてから夢をよく見るようになった。
縄で縛られたザンバラ髪の男が馬の背に乗せられて、田んぼのあぜ道を引き立てられていく夢。男が着ているものはボロボロの薄汚れた着物で、どうも罪人?かなにかのようだった。
その罪人の前後には、着物にチョンマゲ姿で刀を差した役人風の武士?お侍いさん?が数人。
罪人は疲れ果てた顔でどこかへ連れられていく。
そして、罪人と役人風の武士たちの行列をジッと見つめている夢の中の私に向かって、「アレに見とがめられてはいかんよ。あれは人の道を踏み外したモンだ」とアレ=罪人に見つかってはいけないと、腰の曲がった老婆が私に警告を発する。
そこで必ず目がさめる。
そんな夢を何度も何度も見るのだ。
ある日、家の近所を散歩していたときのこと。
田んぼがあり林がある田舎道。
右手に竹やぶのある道を歩いていると、近所に住む『アキナさん』と呼ばれている老人に出会った。
しばらく世間話をしていると、この辺りに伝わる昔話に話が移った。
なんでも、この村には江戸時代、代官所の仕置場があったらしい。平たくいうと、『処刑場』があったのだとアキナ老人は語る。
老人が「案内したる」と言うから私は付いて行くことにした。
昼間だというのに薄暗い竹やぶの道を進む。道の脇に小さなお地蔵様がいるのが見えた。さらに進むと、石でできた墓のようなものが2基あった。
「これが供養塔だよ」と老人が指差す。なるほど、1基には南無阿弥陀仏、もう1基にも字がかすれて見えないが経文らしきものが彫ってある。
「あの向こう、ほら空き地になっとる所。あそこに昔は大きなクスの木があってな。その木の下で『果ての二十日』になると、大罪を犯した罪人が首をはねられるのだな」
老人の説明によると、果ての二十日とは12月20日のことらしい。毎年その日に斬首刑が執行される。村の者たちは怖いもの見たさで、その処刑の様子を竹やぶの影に隠れてこっそり見ていたそうだ。
「処刑にも上手下手があるそうな。上手い処刑人は刀の一振りで首を落とす。下手くそは首を一撃で落とせずに、何回も何回も刀を振り下ろして首を叩っ切ろうとする。そんな話が残っとる」
老人はほほ笑みながらそう言った。
老人と別れ、家に帰ってから私は思う。
もしかすると、私が見ていた夢は、その処刑される罪人が連行される場面だったのだろうか?
夜になり、ベッドに潜り込み、眠りにつく。
また夢を見る。
いつもと同じ夢だ。
罪人が馬に乗せられ、役人に引き立てられて道を進む。
私はその様子を瞬きもせずに見つめている。
いつもと同じだ。
ここでいつもなら、腰の曲がった老婆に話かけられ、夢から覚める。
だが、老婆が来ない。
夢からも覚めない。
私は、夢の中の私は、罪人と役人たちの行列から目を離せない。
やがて、うなだれていた罪人が顔を上げ、ふとこちらを見た。
目が合った。
罪人は笑っていた。
これから処刑されるというのに、口元をくにゃりと曲げて笑っていた。
「見つけた、見つけた、見つけた」
そこで目が覚めた。
罪人の虚ろな目、笑い顔。野太い卑しい声とケタケタ笑う声。あれは私を見つけたから笑っていたのだ。
嫌な夢を見たものだ。
処刑場なんかに行ったから、いつもと違う変な夢を見たんだな。そう考えて、その夢のことは忘れてしまうことにした。
次の日の夜、夢を見た。
こんどは罪人と役人の行列を見ている夢ではない。
今晩の夢は「私が罪人だった」
私は馬の背に乗せられている。
私はボロボロの着物を着て、田んぼのあぜ道を進む。
前後には刀を腰に差した役人たち。
夢の中の私は行列を見る側から、行列の当事者になった。
行列は田んぼ道を進み、やがて右手に竹やぶのある道へと差しかかった。
見覚えがある。
ここは見覚えがある。
老人に案内されて通った道。
夢の中ではなく、現実で通った道。
馬の背に揺られて薄暗い竹やぶの道を進むと、やがて2基の供養塔が見えてきた。
その先は、その先は良くない。
供養塔の先、大きなクスの木。
そこは処刑場があった場所。
これから私は首を落とされる。
悲鳴をあげる。
馬の背で体をくねらせ、なんとか縄の束縛から逃れようともがく。後ろ手に縛られているため、どうしても自由に動けないが、とにかくもがく。
馬から無理矢理に降ろされた後、役人たちに拳で打たれ、足で蹴られ、クスの木の下に無理矢理に引きずり出される。
顔には真っ白な紙のようなもので目隠しを付けられ、視界が急激に狭まった。前はみえない。下だけが、私の体と地面だけがわずかに見える。
正座で座らされ、髪の毛をグイとつかまれ、ちょうど土下座をするような態勢にさせられる。
私はいま、くびを差し出している。
四つ足のけもののような姿勢にさせられ、くびを差し出す。
抵抗は無意味だ。
少し体をくねらす度に、なにか鉄の棒のようなもので体を打たれる。痛い、痛い。やめてくれ。もう動かないから。
処刑人の刀がカタカタと揺れる音がする。
処刑人もまた震えているのだ。
これから私のくびを落とすその罪深さに。
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」
どこからか念仏が聞こえてきた。
おおい、私はまだ生きているぞ。念仏なんてまだ早い。
そう声を出そうとするが、ヒュッーヒュッーと息切れのような声が漏れるのみ。
ハアハアと犬のような呼吸音が聞こえる。目の前にいるであろう処刑人の呼吸音か。
やがて処刑人の呼吸音と思わしき音が落ち着きはじめ、深呼吸するかのように一つ大きく息を吸い込む音が聞こえてきた。
カタカタと震える刀の金属音も止み、念仏の声だけが処刑場に残る。
私は死を覚悟した。
目の前の処刑人が落ち着きを取り戻した様子だからだ。
あと十秒か、五秒か、それとも一秒後か。刀をくびに振り下ろされて私は死ぬ。
永遠に感じられるほどの時の中、刀が風を切り振り下ろされる音を確かに聞いた。
怖い!巧い!読みやすい!
おばあさん何者?