街灯の下に落ちるもの
投稿者:すだれ (27)
こっちはいい迷惑なんだ。ガサガサと買い物袋を漁りながら彼は言った。俗に幽霊と呼ばれる存在が見えている、友人の一人だ。久しぶりに遊ぶのだから今夜の晩酌は奢るよと宣言したのは昼過ぎ。普段より高い酒とつまみを買い込み、彼の住むアパートに転がり込んだのは夕方。質のいい酒に程よく酔い、普段の彼からは滅多に聞けないそういう話題に耳を傾ける頃には外はどっぷりと夜に浸っていた。
「アイツらはいつもいきなりだ。何の前触れもありゃしない。ふと気が付けば目の前にいたりする。この前なんて会議中にオッサンが机からヌッと顔を出してきたんだ。顔を出して、虚ろな目で課長の席をジッと見つめる。悲鳴を我慢するこっちの身にもなれってんだ」
「それは確かに驚くなぁ」
「こっちの都合なんて…まぁ、考えられねぇだろうけどさ。俺もそっちの用件なんてわからねぇし。だからそういうの見せられても、ただただいい迷惑なんだよな」
「いきなり見たくもないものを見せられるなんてさながら露出狂に出くわすようだな」
「ふはっ、本物の露出狂なら蹴り倒してやれたのにな!…でも、ああ、アイツらは、ちょっと違うな」
「違う、とは?」
「もう少し…何だろうな、「成す術がない」んだ。避けられないし、何をしてやることもできない。だから、そうだな、露出狂というよりかは…災害、天災に近い気がする」
「…ほう」
興味深いな、という言葉は酒と一緒に飲み込んだ。無粋な好奇心は疼いたままだが「天災」という言葉が引っかかる。さてどうするかと友人を見ると買い物袋の中を漁っていた彼の手が何も掴まないまま膝の上に戻った。小腹も空いたし酒も買い足すかと、財布を持つと友人も立ち上がった。
「コンビニは近いし、すぐ戻るから部屋で待ってるといいよ」
「もう夜中だぞ一人で出歩かせられるか」
「おや」
「それにつまみは選びたい」
「君、そっちが本音だろう」
半目で見やると友人はカラカラと笑った。アパートの門前に止めてある友人の自転車の脇を抜けコンビニへ向かう。値の張るつまみばかり買い物かごに入れる友人に苦笑しつつ帰路についた。住宅街である道は街灯が点々と一本道を照らしていた。
「昔はこういう夜道には鬼が来て迷子を地獄へ連れ去るともあったが、現代ではそういうものもなさそうだな」
「またそういうの調べてたのか。深入りして痛い目見ても知らないぞ」
「それは勘弁だが…ほら、これほど街灯が整備され夜道が明るくては迷子になる者もそういないだろう。時代が移るのに合わせて鬼は衰退したんだ」
「だから、道にいるのは鬼だけじゃないって言って…」
不自然に友人の言葉が途切れた。歩みを止めた彼に気づいて振り返ると同時に買い物袋がガシャリと鳴った。汗が伝っている彼の目線を辿った先には道を照らす街灯と、何だ、その下に落ちているのは、
「手袋か?」
黒くて少し煤けた、防寒性に優れた素材の手袋だった。それが片方だけ落ちている。
「サイズからして女性の物かな?落とし主は困ってそうだが…」
「…そうだな」
短く返事をした友人は手袋の脇を足早に通過した。立ち止まっていると名前を呼ばれたので慌てて追いかける。すると次の街灯の下にも何か落ちているのを見つけた。先ほど見た手袋と同じデザインに見え、友人に話しかけようとするが、街灯に照らされた彼の顔色があまりに悪く口をついて出たのは心配の言葉だった。
「大丈夫か?真っ青だぞ」
「大丈夫」
「少し止まるか?休んだ方が」
「いや、早く帰ろう」
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