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不思議体験

懐炉さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

山姫は笑い続ける
長編 2022/03/13 00:25 4,116view
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私の趣味は登山です。学生時代は山岳部に所属し日本全国津々浦々の山に登ってきました。
社会人になってからはなかなかまとまった休みがとれず計画を立てるだけで終わってしまいましたが、去年の5月に有給の消化を兼ね、四国のある有名な山に挑みました。

その山は遭難者も何人かでている険しい山で、天候も崩れやすいので要注意です。
しかし久方ぶりの登山に気が逸っていた私は先を急ぐことに夢中になり、だんだんと曇り始めた空や湧き立ち始めた濃い霧を察するのが遅れました。

気付いた時には乳白色の濃霧に行く手が閉ざされて、整備された山道を大きく外れています。

山で迷うのは命取りだと経験則で痛感していたので大いに慌てました。万一の時に備えてスマホが繋がるか試そうとし、遥か前方に異質なものを発見しました。
どうやら人の形をした影のようです。
濃霧の帳越しにふらふら揺れ続ける影に目を凝らすと、違和感と生理的嫌悪が膨れ上がりました。

ばさっ、ばさっ……一体何の音だろうと耳を澄まし、理解すると同時に全身に鳥肌が立ちました。
霧に包まれた人影の正体は枯れ葉を連ねた腰蓑を巻いた、異形の女でした。女の髪は途方もなく長く黒くうねっています。

女は瞬きもしないで目でこちらをきっかり睨み据え、ばさっ、ばさっと踝まである長髪を打ち振っているのです。
その動きではどんどん速く激しくなり、ばさっばさっばさっと首の前後運動に従って勢いを増していきます。

なんなんだアレは。
自分は一体何と遭遇してしまったんだ。

恐怖と混乱に凍り付いて立ち尽くす俺の方へ、影は首を振り続けながら近寄ってきました。

そして

「きーきゃっははははあっはははは、きーきゃっはあははははは!」

擬音で表現するのが難しい類の、狂気が破裂したような哄笑でした。女の口から迸りでたのはむしろ獣の声、喜悦の雄叫びに近いです。

女は目を見開き、虚空を見据えてひたすら笑い続けます。きーきゃっはあはは、きーきゃっはあはは……不気味な笑い声が山中に響き渡ってカラスの群れが飛び立ちました。

コイツは気が狂ってる!

女が正気を失っているのはいでたちを見ても明らかでした。固唾を飲んであとじさる俺の方へじりじりと女が近付いてきます。間近で見た口には殆ど歯がありません。極端な栄養失調で歯が抜ける事もあると、昔聞きかじった知識を思い出しました。

反射的に身を翻せば女が笑いながら追ってきました。走りながら振り返ると相変わらず指を振り続けています。長い黒髪が宙で波打ってばさばさと背中を叩き、全身に悪寒が駆け抜けました。

走りに走りに走り続けて、漸く女を巻いて岩陰に逃げ込みました。呼吸は荒く鼓動は早く、全身の血が沸騰しています。両手で口を押さえて気配を殺している時、また悪夢みたいな声が聞こえてきました。

いいえ、違いました。今笑っているのは男です。男の太い声でがきーきゃっはあはは、と笑っているのです。

見ちゃいけない、見たらきっと後悔する……理性ではわかっているのに駄目でした。禁断の誘惑に負けて岩陰からそっと顔を出すと、そこには恐ろしい光景が広がっていました。

枯れ葉を連ねた腰蓑を巻いた大男が腰蓑を巻いた女と合流し、二人で哄笑を上げているのです。
男は両手にカラスの死骸をぶらさげていました。たった今絞め殺したのは一目瞭然でした。
あれをどうするのか、気になって観察していた所、突然その場にしゃがんで平たい岩の上に固定しました。隣の女が石でできたナイフを渡すや、男はカラスの首をかき切りました。カラスの喉に一直線に傷口が開いて、赤い血を垂れ流します。

男は傷口に直接口を付けて血を啜り、自分が喉を潤したあとは女に獲物を回しました。

カラスの血を分け合って飲む夫婦の姿に恐れおののいて、俺は今度こそ遠くに逃げようと決断しました。

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コメント(1)
  • 怖すぎるわ

    2022/07/16/00:36

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