音大生のアパート
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
急に引っ越しを思い立ち、俺はある不動産屋に飛び込んだ。
今はネットで間取りや近隣の様子を見ることができるが、実際に現場を見たいと思ったからだ。
「すいません、この辺でアパートを探しているんですが。」
「いらっさいましぇ。しょれでは、どのような物件をおしゃがしでしょうか。」
担当してくれたCさんは「さ行」の発音がどうにも怪しかったが、誠実そうな話し方で、営業マンとしては優秀なのだろう。
この時期はいい物件が少ないらしいが、今年に限っては若干空室が多いということだ。
「このしゅぐ近くに音大があって、この近所の住民はしょこの学生しゃんとか、歌手志望の方が多いんでしゅよ。」
「へえ…。そうなんですか。」
「でしゅから、防音しているアパートも多いんでしゅよ。」
「なるほど、それは良いですね。」
Cさんはいくつか物件を紹介してくれたが、できるだけ安い物件を探している俺にとっては、どれも当てはまらなかった。
「しょれではここなんかどうでそうか。ここならお安くできしょうです。簡易的ですが防音処理もしぃてますよ。」
(それ早く言ってよ。)俺はそう思ったが、不動産屋さんにも何か都合があるのだろう。
「実は、この部屋は『かしゅ物件』と言いまして…」
「はあなるほど…(『貸物件』?アパートって全部そうだろ!)。」
この時、説明をきちんと聞いておけばよかった。
物件を紹介され、トントン拍子に契約が決まり、数日後に住めることになった。
急な引っ越しだったので、とりあえず部屋には布団とスマホだけを運び込み、他の荷物は後日業者に頼むことにした。
実際に住み始めたものの、荷物が何もない部屋で過ごすというのは、あまりにも静かだった。
そんな時はスマホで動画を見るのだが、その小さなスピーカーの音声が妙に部屋に響く。
「防音の部屋だと音が響くのかな…。」
そんな事を考えながら、次々と動画を再生していく。
そこで気が付いたのだが、音楽を再生すると、まるで部屋の中で誰かが歌っているかのように、音の響きが大きいのだ。
「きっと音にこだわった作りになっているから、そう聞こえるんだろう。」その時はそう思っていた。
後日、荷物が届いて本棚や家電の設置が終わり、一息ついてテレビを見ていた時だ。
ちょうど歌番組をやっていたんだが、どうも音の響きがいつもより大きい。
スマホよりも音量が大きいからかとも考えたが、どう考えても部屋の中で人が歌っているように聞こえる。
チャンネルをドラマやバラエティに変えてみると、その声は聞こえない。
どうやら、音楽番組の時だけ、その歌声が聞こえるのだ。
そろそろ寝ようと思ってテレビを消すと、黒い画面には自分の姿がぼんやり映っている。
しかし、画面越しの自分の後ろには、赤っぽいドレスを着たような女性らしき姿があった。
「え!?」
思わず振り返るが、もちろん誰もいない。
「何かの見間違えか?」と思ったものの、何とも不気味だった。
病気で亡くなったのに瑕疵物件になるんですかね?
これは「心理的瑕疵物件」と言った方がいいのかもしれません。
「心理的瑕疵物件」の定義は様々ですが、基本的に「その部屋で誰かが亡くなった物件」で、その理由は殺人、自殺、病死、孤独死などとされ、病死の場合でも心理的瑕疵物件と言ってもいいと思います。
単に「瑕疵物件」というと、欠陥住宅も含むので、不動産の取引用語としては少し意味合いが違うのかもしれません。
っていうか、この話は「怪談風のダジャレ」ですから。
作者より
Gさんの設定が全く意味不明。
舌足らずでなくても「カシ物件」の発音は一緒。
上コメント続き
って、ああそうか。shuにかけてたんですね…すみません!
コメントありがとうございます。
せっかくなんで、少し説明させていただきます。
早い話、幽霊がいるかもしれないという(心理的)「瑕疵」物件と、そこに歌手が住んでいた「歌手」物件をかけているというだけです。
「かし」と「かしゅ」をわざと聞き取りにくくしたかったので、Cさんは「舌足らず」ではなく「さ行の発音が怪しい」としてみました。
「舌足らず」だと、他の発音も聞き取りにくい場合がありますから。
それともう一つ、「歌手志望」と「歌手死亡」もかかっています。わかりにくいですね。
作者より
そんな営業マンを、どうして「きっと優秀」などと?