微笑むひな人形

私の実家にはひな人形があります。私が生まれた時に母方の祖母が贈ってくれたものです。それは7段飾りのものでした。
幼い頃は毎年のように実母が狭い自宅に何とかスペースを作って全てのひな人形を飾っていましたが、小学校低学年の頃はより狭い社宅で暮らしていたため、ひな人形は出さない状態でした。

私が小学校４年生になるとその社宅を出て４DKの少し大きめの家に引っ越しました。その家であれば一室にひな人形が飾れたので実母が数年ぶりにひな人形を飾ることにしました。段を組み立てて飾り物や人形を全て飾り、ぼんぼりに電気を点けてひな人形を全て飾りました。

その様子を実父がビデオカメラに収めており、後で撮ったものを見ることになりました。実父は主にお雛様とお内裏様を撮影していました。すると真っ先に撮ったビデオを見ていた実父がお雛様の異変に気付きました。撮影したお雛様が微笑んでいるというのです。
確かに実物のお雛様は澄ましたような雰囲気だったのですが、実父が撮影したお雛様は口元がやや上がっていて微笑んでいたのです。もしかすると数年間段ボール箱の外に出してもらえることもなくて寂しい思いをしていたのかもしれませんが、本来何も動くはずのない人形が表情を変えるということに対して家族皆が怖いと感じ、一応ひな人形自体は３月３日まできちんと飾ったものの、翌日４日になったら実母がすぐに片付けたという記憶がありました。

それから数年は毎年のようにひな人形は飾るようにしていたのですが、また少し狭い家に引っ越すことになって７段飾りが置けない状態になりました。しかし実母は長年外に出されていなかったことで表情を変えたお雛様に対して怖い気持ちを持ったのか、せめてものことでお雛様とお内裏様だけを外に出して飾ろうとしました。
すると昔は微笑んでいたはずお雛様が少し険しい顔になっていました。
ひな人形も飾られないと嫌な気持ちになるのかもしれません。今も毎年実家ではお雛様とお内裏様だけでも飾るようにしています。