大学生の拓海は、家賃の安さに惹かれて築40年の木造アパートに引っ越した。
古い建物特有の歪みのせいか、その部屋の押し入れの引き戸は、きっちりと閉まらなかった。
どれだけ強く閉めても、翌朝には必ず、指一本分ほどの「隙間」が空いている。
最初は気にも留めていなかった。しかし、引っ越して1週間が経った頃から、妙な視線を感じるようになった。
寝返りを打つたび、部屋の隅にあるその細い隙間から、誰かがじっとこちらを覗いているような錯覚に囚われる。
気味が悪くなった拓海は、ガムテープを何重にも貼り付けて、引き戸を完全に固定した。
その日の夜、拓海は激しい頭痛で目を覚ました。
時計は午前2時を回っている。
薄暗い部屋の中、どこからか「ミシ…ミシ…」と、木が軋む音が聞こえた。
見ると、押し入れの引き戸が、ガムテープを引きちぎりながらゆっくりと動いていた。
メリメリと音を立ててテープが剥がれ、いつものように指一本分の隙間が空く。
拓海は恐怖で身体が動かなかった。金縛りではない。純粋な恐怖が、彼の自由を奪っていた。
その隙間の奥、漆黒の闇の中に、何かが白く浮かび上がった。
それは、ぎょろりと見開かれた、異常に大きな人間の「目」だった。
血走った眼球が、ゆっくりと左右に動き、やがてベッドの上の拓海を捉えてピタリと止まった。
声も出せない拓海に向かって、隙間の向こうから、女のような、しかしひどく掠れた低い声が響いた。
「……みつけた」
その瞬間、ガサリと音がして、隙間から細長い「指」が何本も這い出てきた。
関節が異常な方向に曲がった、土気色の指だ。
それらは引き戸の縁に爪を立てると、信じられない力で隙間を押し広げ始めた。
バキバキと音を立てて引き戸が壊れていく。
闇の中から、もう一つの目と、耳まで裂けた口が這い出してくるのが見えた。
拓海は必死に声を振り絞り、飛び起きると、裸足のまま部屋を飛び出した。
階段を転げ落ちるようにして外へ出ると、夜の街を夢中で走り続けた。
翌朝、拓海は警察官と不動産業者を伴って部屋に戻った。
恐る恐る押し入れを開けてもらったが、中には何もなかった。ただ、古びた布団が敷かれているだけだった。
警察官も「気のせいか、泥棒の未遂だろう」と相手にしてくれない。
諦めて荷物をまとめ、すぐに退去することを決めた拓海は、ふと、部屋の壁に違和感を覚えた。
押し入れのすぐ横。
そこには、引っ越してきた時にはなかったはずの、壁紙の小さな破れ目があった。






















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