その夜だった。トイレへ起きた私は、リビングから父の声が聞こえてきて足を止めた。
「自分でも分からないんだ」
泣きそうな声だった。
「でも……あいつがお前に触るたびに、どうしようもなく腹が立つ」
しばらく母の返事はなかった。
「……あの子は、あなたの息子よ」
母は静かに言った。
「まだ六歳なのよ。今は甘えたい時期なだけ。いつか大きくなれば、自然と親から離れていくわ」
その言葉のあと、父が息を吐く音が聞こえた。
「分かってる」
小さな声だった。でも次の瞬間、机を叩く音が響いた。
「分かってるんだよ……!」
父の声は、怒りというより苦しみに近かった。
長い沈黙のあと、父は呟いた。
「……あいつを見てると、お前を取られる気がする」
その一言で、私の背中に冷たいものが走った。
旅行中に聞いた占い師の言葉が頭に蘇る。
『前世では、あなたの旦那さんです』
しばらく沈黙が続いた。
母も同じことに気づいたのか、戸惑うように尋ねた。
「あの時の占い師の言葉、本気にしてるの
父は返事をしなかった。
その日から、家の中で「前世」という言葉は禁句になった。
誰も口にしない。
それなのに、あの占い師の言葉だけが、家の中に残り続けていた。
ある日曜日。母が風邪をひいた。
私は試験が近く、その日はリビングで勉強していた。
「買ってくるものあるか?」
父が財布を持ち上げる。
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