母が買うものを伝えようとした、その時だった。弟が嬉しそうに立ち上がった。
「僕も行く!」
父の表情が、ほんの一瞬だけ曇った。
「……留守番してろ」
「えー」
「俺一人でいい」
弟は不満そうに唇を尖らせた。
「一緒に行ってあげなよ。荷物持ちになるし」
母は少し寂しそうに笑った。
「最近、二人で出掛けることも減ったでしょ」
父は何も答えない。
十秒ほど黙ったあと、小さくため息をついた。
「……分かった」
あの時の母は、二人がまた昔のように戻れることを願っていたのだと思う。
けれど、帰宅した時、私はその期待を押し付けるべきではなかったと知った。
玄関に入るなり、弟が泣きながら母へ抱きついた。
「お母さん!」
母は驚きながらも、弟の目線まで下りるようにしゃがみ込む。
「どうしたの?」
弟は俯いたまま「なんでもない」と答えて、母の肩に顔を埋めた。
父は買い物袋を床へ置き、無表情で靴を脱いでいた。
その日の夜、弟が私の部屋へやって来た。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「お父さん、僕のこと嫌いなのかな」
私はすぐには答えられなかった。
弟は俯いたまま話を続けた。
「今日ね、お父さんね……」
少し黙ってから、小さな声で言う。
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