私は全身を強張らせ、ハンドルを力いっぱい握りしめていた。
顔は両腕にうずめた状態で、恐る恐る目を開けてみた。
耳だけに意識をやると、周りはとても静かだった。
勢いよく顔を上げてみると、そこはいつも通勤で通っている橋だった。今、私が立っている橋だ。
事故を起こしながらも、どうやら最悪の事態は免れたようだった。
車は橋の欄干に対して、垂直に止まっている。欄干に正面からぶつかったものの、なんとか止まってくれたようだ。
深いため息と共に体の力が一気に抜けた。
すると膝の辺りに痛みを感じる。激突の際にぶつけたのだろうか。
他にも体の異常が無いか腕を触ったり、首を回したりしてみたが、今のところは大丈夫そうだ。
しかし、車の止まり方が良くない。
せめて向きを変えようと思い、鍵を回してみる。
ものすごい異音が響いた。だが、肝心のエンジンはかからない。激突の際に故障したのだろう。
かと言って、このままにしておく訳にもいかない。
私はけたたましい異音を響かせながら、ハンドルを目いっぱい切ってセルを回しながら方向転換をした。それと通行する車両へ注意を促すために、念のためハザードランプを点灯させた。
幸運にもこの間に通行する車は一台もいなかった。
とりあえず、これ以上、身動きが取れない事を把握できたところで、家族に連絡した。本来は警察に連絡しなければならないだろうが、そんな頭はなかった。
電話には母が出た。事の詳細を話すと母は絶句していたが、父にレッカーを依頼してもらえるところまでは話が付いた。
あとはレッカーが来て、車を運んでもらうのを待つだけ。
事故は起こしてしまったが、帰る段取りまでついたのでこれで一安心、
とはならなかった。
私が今、身動き取れずにいるこの場所は、自殺の名所として有名な橋なのだ。
落ちたらまず助からないであろう高さ、そして簡単に乗り越えられる、私の胸くらいまでしかない高さの欄干。このハードルの低さが人気の理由だろうか。
橋の手前の途切れたガードレールは、カーブを曲がっていくと正面に現れるので、人によってはそこへ吸い寄せられるような感覚を覚えるという。
会社の同僚にとても霊感の強い先輩がいるのだが、その先輩曰く、欄干の外側から無数の手が端から端までびっしりと突き出ているのだそうだ。
一度、その先輩を乗せて橋を通ったことがあるのだが、橋が見えてきた瞬間に顔を下に向け、しばらく上げなかったのが印象深い。
そんな場所に一人身動き取れずにいるのだ。
激突の瞬間は本当に死を覚悟したが、なんとか無事にこうしている。
それでも車の中でただじっとしているのは不安だったので、深呼吸でもしようと外に出てみた。
私自身、オカルトは好きだし、心霊スポットに行った経験もあり、記念に橋の外側でも覗いてやろうと、今、橋の欄干に手をかけているわけだ。
せっかく、残った命をわざわざ捨てるはずがない。
橋の下を覗いてみたが、当然、何も見えなかった。
ただの真っ暗闇。橋の照明など全く届かない真っ暗な闇が広がっていた。
奇妙な声が聞こえたとか、どこかを触られたとかは一切ない。



























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