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不思議体験

翔真さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

何も、知らなかった。
長編 2026/02/27 19:33 275view

僕は、何も知らなかった。

父が、僕の疲れを気遣って好物のビーフの塊でカレーを作ってくれていた事。

僕と言い合いをした後、僕から嫌われていないか、いつも心配していた事。

頑張っている僕に心配をかけまいと、がんに罹患している事は絶対に言うまいと決めていた事。

それを悟られないよう、入院せず自宅で療養していた事。

僕の革靴を、夜中ピカピカになるまで磨いてくれていた事。

そして、誰よりも僕の事を心配してくれていた事。

僕は、何も知らなかった。

というより、知ろうとすらしなかったのかもしれない。
自分の事だけで精一杯で、1番近くにいる家族の事を気にかける事もなく、ただただ文句ばかり言って日々を過ごしていたのだ。
だが父は、自分が短い命だと知りながらも、息子である僕にありったけの愛情で尽くしてくれていた。

葬儀の後、母はこんな事を言っていた。

「あの人ねぇ、本当に不器用な人でね、人一倍優しいんだけど、それを表現したりするのが苦手なの。でもね、最近珍しく酔った日があって、何を言うかと思ったら、『俺は絶対に、がんなんかに負けないぞ。優太があんなに頑張ってるんだ、俺も負けてたまるか、皆で乗り越えるんだ』って。
それで、『俺にはこんな事しかしてやれないから』って、あんたの好きなカレー作ったり、靴磨いたり、コソコソとねぇ。素直に言えば良かったのに。」

そんな事を、どこか嬉しそうに話す母の横顔がとても綺麗に見えた。

ーーーそれから3年後の今、僕は特別養護介護施設で勤務している。

忙しい毎日だが、とても充実した毎日を送っている。
介護福祉士を目指し、資格の勉強も並行している。
ここに内定が決まった理由は、父のおかげなんじゃないかと思っている。
父が磨いてくれた革靴がきっかけで、ここへ就職できたのではないかと、僕は勝手に考えているのだ。
そして、父が死んだあの日、父はあの白いモヤとなって最期の挨拶に訪れたのと、僕の靴を磨きに来てくれたのだと、確信している。
あの時、父へ謝罪もできず、仲直りもできずに死に別れた事は、今では後悔していない。そんな事をしたら、僕達は僕達らしくないからだ。

ーーーだが、僕が父の事をもっと知っていれば、と考えると、今も胸がチクリと痛むのだ。

だから、少しでも誰かの何かの助けになるように、誰かの役に立てるように、一生懸命この仕事をしていく事が父に対する供養になるのだと、そう信じている。

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