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不思議体験

翔真さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

霧の中で
長編 2026/02/20 19:02 271view

「違う、そっちじゃない。こっちだ。」

そんな事を時折私に指示するのだ。
まるで、私の事がよく見えているかの様に。

そして、徐々に歩くペースが速まっていく。

もはやどっちが前でどっちが後ろなのか、渡辺がどこにいるのかさえ目視では分からないのだが、何故か感覚では分かるのだ。不思議な感覚であった。

「ちょっと、待ってくれ渡辺。いくら何でも早すぎるよ、ついていけない。」

私を肩で息をしながら、ゼェゼェと膝に手をつけて歩みを止めた。もう限界であった。

「何故止まるんだ。早くしろよ。」

「何故って、もう身体が動かないんだよ。ちょっと待ってくれないか。」

「待てないよ。もうすぐだから。もう着くから、早く行こうよ。早くしろよ。」

その声は、確かに渡辺なのだが妙な違和感は拭えなかった。と言うよりも、あまりに奇妙であったのだ。
そして、それまで抱えていた疑問の一部が見えてきた。
心のもやもやが徐々に晴れて行くのがわかった。

私は決心すると、息を整えてこう言った。

「なぁ渡辺、さっき見つけたヤクシマシライトソウのDNAに関する考察って、どんな結論が導き出されたんだっけ。」

「もう着くぞ。着くんだから早くしろよ。早くね。早くしてね。早く早く早く早く早く早く早く早く」

–––これは渡辺ではない。

声こそは彼であるが、これは確実に渡辺ではない。
そして同時に、人間でもないであろうという事が直感で分かった。
何故、自分だけの足音しか聞こえないのかも、理解こそできなかったが何となく分かった。

だとすると、今まで渡辺だと認識してきたこれは、一体何なのか–––
そんな事を考えだすと、疲労と恐怖で膝がガクガクと笑い出し、震えを止められなかった。

次の瞬間、腕を誰かに掴まれ、後ろへ強く引っ張られた。
あまりの出来事に私は思わずヒッと声を漏らし、転倒してしまった。
顔を上げると、そこには渡辺が立っていたのだ。そして、私にこう言った。

–––あれは、俺じゃない。あれに耳を傾けるな。こっちが安全だ。

“その”渡辺はそう言うと、私の手を強く握った。私もしっかりと握り返した。
そして、やはり根拠はないのだが、妙に説得力を感じさせるいつも通りのそれであった。

濃霧からどれくらい経ったのか、私は何とか下山する事ができた。
息も絶え絶え、尋常ではない私の様子を見た登山口付近のガイドが駆け寄る。
私はガイドの肩を掴み大声で叫んだ。

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