「待ってくれ、視界が悪い上にここが何処だかも正確に分からないんだ。霧が晴れるまでじっとしていた方が賢明じゃないか。」
「ここは危険なんだ、あっちに行けば安全だから。道は分かってるんだ。さぁ、俺の言う通りに、こっちへ」
用を足している時に、道でも見つけたのだろうか。
何故か渡辺は私の制止に耳を貸さず、黙々と歩き続ける。
彼は一度決めたらやり遂げるまでとことん続ける、こう思ったらこう、と根拠もなく思い込み突っ走るような、そんな頑固な一面があった。
研究手法においても、少しでも可能性があれば、とにかく実行して効果検証を繰り返しブラッシュアップしていく、と言えば聞こえはいいが、周囲を省みずに行動する様は時に酷く滑稽に見えた。
それは長所でもあるが、研究者としての特質上致命的でもあり、危うい部分でもあったのだ。
そんな彼の感性を巡って、酒の席でよく言い合いをしたものだった。
–––しかし渡辺という男は、いつも根拠こそ無いものの、いい加減な事は言わない人間である事を知っていた。自信に溢れているせいか、妙な説得力があった。
私はどちらかと言うと渡辺とは真逆で、しっかりと裏付けが取れている事象やプロセス、物事でないと先に進む事ができない、謂わば石橋を叩いて渡る典型的なタイプだ。
研究者は本来であれば、多少のリスクを背負っても未知の領域へ踏み入る覚悟と、勇気が必要である。
だが、私は渡辺と違ってその感性は持ち合わせていなかった。
この部分に関しては私にも、研究者としてあるべき姿であるかどうかを問いたださなければならない部分である事は間違いなかった。
渡辺と唯一合わない所があるとすれば、その感性の違いである。
–––自分の劣等感を棚に上げ、心の何処かでは行動力のある渡辺に嫉妬していたのかもしれない。
そう考えると、自分が堪らなく嫌になった。
–––とにかく今は、渡辺が耳を貸さず歩を進めてしまっている以上、彼を信じて歩くしかない。
「渡辺、手を伸ばしてくれ。何処にいるのか確認したい。」
「いいから、心配するな。早くついて来て。」
私は仕方なく、渡辺の声のする方へついて行く他なかった。
そして、私達は黙々と歩き続けた。
相変わらず濃霧が私達を包み込んでいる。
自分達がどこへ向かっているかも、もはや分からない。
先の見えないマラソンのようで、私の疲労はピークに達していた。
–––そんな中、私は何かの疑問と違和感を覚えていた。
何かが、おかしいのだ。
何故、渡辺はこの濃霧の中歩き続けられるのか。
何故、道が分かるのか。
そんな事ではなく、もっと明確な疑問があったのだが、それが何の違和感なのか分からず、私の心はもやもやとしていた。
まるで、この霧のように。

























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