「渡辺を、友人を助けてください!霧で遭難したんです。」
そう、渡辺の姿はなかったのだ。
霧が晴れはじめ、辺りの視界が見えてくるのと同時に、渡辺も私の前から霧と共に静かに消えてしまったのである。
1週間後、渡辺の葬儀がしめやかに執り行われた。密葬であったので、残念ながら参列する事は叶わなかった。
–––あの後、すぐに渡辺は変わり果てた姿となって発見された。
救急隊員によれば、死因は全身打撲による外傷性ショック死だという。
発見現場は、私達が初めに立ち往生した登山道真下の沢であった。
状況から見ると、霧の視界不良により、足を踏み外し転落してしまった線が濃厚だそうだ。
私は、現実を受け入れられずに自分を責めた。
あの時、山小屋へ行こうと言わなければ。
渡辺の小便について行けば。
屋久島渡辺を誘わなければ。
そんな自責の念に駆られた。
そして同時に、こんな事も脳裏を巡っていた。
あの時既に事切れていた渡辺を騙る、あれは何だったのか。
あれは、私をどこへ連れて行こうとしたのか。
今考えても背筋を凍らせるのだ。
いや、そんな事はもはやどうでも良いかもしれない。
唯一確かな事は、渡辺は何かから私を守り導いてくれた。
それは紛れもない事実であったし、今こうして生きている私にとっては、十分過ぎるものであったからだ。
道すがら、ふと脇に目をやるとタチアオイの花がひっそりと咲いている。
それは、春の終わりと梅雨の始まりを静かに告げていた。
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