あれは、もう終わったことだと思っていた。
大学時代、幼馴染のAに誘われて参加した二泊三日の自己開発セミナー。最初は自己紹介と子ども時代の話。だが二日目の午後、壇上の講師が「あなたは選ばれています」と言ったあたりから、空気が変わった。巨大なスクリーンに映された光の図像と、拍手のリズム。出口は一つだけで、その前には常に誰かが立っていた。
帰ると言ったとき、受付で一枚の紙を差し出された。
「確認だけです。名前とメールアドレスを」
帰りたい一心で、書いた。
その夜、強引に会場を抜け出し、Aとも距離を置いた。電話は続いたが、やがて止んだ。就職し、転職し、家庭を持ち、十五年が過ぎた。Aはテレビで見た。韓国で行われた合同結婚式の映像の中、満面の笑みで万歳をしていた。
それきりだ。
そう思っていた。
先月、若手社員が社内チャットに動画リンクを貼った。タイトルは《光の連帯が目指す真の世界平和》。何気なく再生した瞬間、壇上に立つ男の顔で息が止まった。Aだった。以前よりも整った表情で、言葉を選びながら語っていた。
「初期の覚者候補の一人が、今もこの街にいます」
会場がどよめいた。
次の瞬間、スクリーンにぼかしの入った写真が映った。横顔だったが、自分だと分かった。十五年前のセミナー会場の、あの硬い椅子に座っている姿。
動画の説明欄には、こう書かれていた。
《覚者番号0173 未帰還》
覚者番号。
そんなもの、聞いた覚えはない。
念のため、教団のサイトを開いた。軽い気持ちでログイン画面に、自分のメールアドレスを打ち込んだ。パスワードは思いつきで、当時よく使っていた文字列を入れた。
画面が切り替わった。
《おかえりなさい、0173》
会員ページには、自分の基本情報が並んでいた。住所は古いままだったが、勤務先の欄だけが更新されている。現在の会社名。部署名。役職。
更新日時は、三日前。
心臓が嫌な音を立てた。
履歴を見ると、活動状況の欄に一行だけ記載がある。
《保留中》
その意味は書かれていない。
翌朝、出社すると、若手社員が声をかけてきた。
「部長、昨日の動画、見ました?」
「見たよ」
「なんか、親近感わきませんでした? ああいう“使命感”って」
その言葉の選び方が、どこかで聞いたものと同じだった。使命。覚者。帰還。
























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