「・・・実は、この話にはまだ続きがあるんです。 山を降りて、私たちは九死に一生を得た・・・そう思っていました。けれど、本当の恐怖は、日常に戻ったはずの日常にまで、あの森の悪意が侵食してきたことでした」
ロケから数日後。吉田さんから私の携帯に連絡がありました。その声は酷くかすれ、ひどく動揺していました。 「プロデューサーさん・・・例のGPSのデータ、あれがおかしいんです」
吉田さんは、警察へ通報するために、あの首吊り遺体を見つけた場所の座標を確認しようとしたそうです。あの時、確かに彼は遺体の足元で記録ボタンを押した。しかし、端末に残されたログを表示させた瞬間、彼は凍りつきました。
「座標が、動いていたんです。あの窪地から、ゆっくりと、私たちが逃げたルートをなぞるように・・・」
あり得ないことでした。GPSの記録は、その地点を打った瞬間の固定データです。それが、まるで生き物のように地図上を這い、私たちが車を停めていた遊歩道の入り口でピタリと止まっていたというのです。 それは、あの『僕』と名乗る何かが、私たちの背中を追って、森の出口まで付いてきていたことを示唆していました。
同じ頃、私はテレビ局の編集室で、カメラマンが命がけで回した映像のチェックを行っていました。あの『首が360度回った男』の正体を、何とか映像で確認しようとしたんです。モニターに映し出されるのは、暗転していく樹海の緑。 そして、あの体育座りの影。 「ここだ、スローにしろ」 私が指示を出し、映像がコマ送りにされた・・・その時です。
スピーカーから、「・・・ギ、ギギッ・・・・・・」という、あの肉が軋む音が、現場で聞いた時よりも遥かに鮮明に流れ出しました。 そして、男の顔が真後ろを向き、カメラを正視した瞬間。 音声波形が異常な跳ね上がりを見せ、ノイズに混じって、明瞭な「子供のような声」が入り込んだんです。
『ウヒャヒャヒャヒャヒャ』
編集室の室温が、一気に数度下がったような気がしました。 映像の中の男は、口を耳元まで裂いて笑っている。でも、その瞳に映り込んでいるのは、撮影していたカメラマンではなく、モニター越しに映像を覗き込んでいる「私」と目が合っているように見えたんです。
その直後、編集機材は急に電源が入らなくなり、データは修復不可能なまでに破損しました。 カメラマンは重度の精神衰弱で長期休職。同行したディレクターは原因不明の病で退職を余儀なくされ、ADの一人は交通事故で亡くなった。吉田さんのNPOの若手職員二人も、「夜に誰かがドアをノックして、『僕を探してください』と囁く」と言い残し、退職したそうです。
吉田さんは今でも講演を続けていますが、最近は少し様子が違います。 壇上で「命の大切さ」を語る彼の背後に、時折、首を不自然に傾けた「影」が見えるという噂があるんです。
・・・あぁ、そういえば。 今日、このスタジオに来る途中の廊下に、白い紙が落ちていませんでしたか?もしそこに、何か書いてあったとしても・・・決して、探そうなんて思わないでくださいね。
「僕」はもう、あなたのすぐ近くまで来ているのかもしれませんから。



























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