ハのひび

奥さんは慌てて病院に飛んでいきました。数時間後……憔悴しきった面持ちで帰ってきた奥さんに、水晶玉はおそるおそる聞きました。

「お疲れ様です。社長の容態はどうですか」
「今は落ち着いてるわ。でもどうなるかわからなくて……」
「一体何があったんですか」
「建設現場の真下を歩いてる時にロープが切れて、鉄パイプがばらばら落ちてきたそうよ。それが運悪く頭に当たって、頭蓋骨にひびが入っちゃったの」

嫌な胸騒ぎを感じて事故が起きた時刻を聞き、全身から血の気が引きました。社長が不幸に見舞われた時刻は、俺が水晶玉を落としたタイミングと全く同じだったのです。さらに奥さんは怪訝な顔をし、こんな事を付けたしました。

「頭部のレントゲンも見せてもらったわ。本当に不思議な形のひび……カタカナのハみたいな」

結局社長は助からず、俺は暫く経って会社を辞めました。割れた水晶玉は人知れず処分しました。
ゴミに出す時によく確かめた所、水晶玉の表面に走ったひびは、漢数字の「八」……またはカタカナの「ハ」によく似ていました。
別れ際……奥さんは俺に手の平一杯の飴玉を握らせ、したたかに笑っていました。

「ホント言うとねえ、あの人がいなくなってせいせいしたの。休みのたんびに妻をほっぽって旅行に行っちゃうようなクズ亭主、一緒になった甲斐ないもんねえ」

社長の突然の事故死によって、奥さんは多額の保険金を手にしたようです。俺に社長の机の拭き掃除を頼んだのが奥さんだったこと、水晶玉の土台がやけに不安定だったのは、この件に関係ないと思いたいです。