二十年連れ添った夫とM県に旅行した時の体験です。
その旅館は天然の温泉が評判で、私たちもそれを楽しみに予約したのですが、チェックイン後に思わぬトラブルに見舞われました。
「何だか気分が……」
「大丈夫か?」
「少し休めばよくなると思うわ。先にお風呂行ってきて」
私たちが泊まったのはゆったりした和室でしたが、心なし空気がどんより重く、昼でも薄暗い感じがしたのです。
その時は年季の入った和風建築のせいでそう感じるのだろうと納得したものの、首を絞め付けるような息苦しさが一向に拭えません。
夫を見送ったあと、布団に横になって休んでいると、背中に執拗な視線を感じました。誰かに見られている……いえ、見張られている感じがするのです。
さらにはギシッ……ギシッ……と、嫌な軋み音まで聞こえてきました。
(家鳴り?うるさいわね、一体どこから……)
音の出所を探して視線を巡らすと、眺望に良い窓に面した広縁と和室を区切る欄間に、黒髪をおどろに乱した女の生首が閊えていたのです。
「ひっ!?」
慌てて飛び起きた私の目の前で、その生首はくぐもった呻きを上げ、苦しそうに悶えながら消えていきました。
後日……自宅のパソコンで経緯を調べ、私たちが泊まった旅館で、何十年も前に女性の首吊り自殺が起きていた事を知りました。
首を吊ったのは旅館で働いていた中居さんです。
自殺の理由は窃視の常習犯だったことを咎められた為。生前の彼女はこっそり客室を覗く悪癖がやめられず、それがバレてクビになったのでした。
あの人は今もまだ旅館に取り憑き、宿泊客のプライベートを覗いているのでしょうか。

























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