細長く、まるで人の“目の形”のように湾曲した破片。
泥の中から拾い上げて、ライトで照らすと、自分の顔が映りました。
でも……少し、違って見えたのです。
左右が、逆だったのかもしれません。
「落としただけだろう」とSさんは言いました。
けれどその時、彼の足元にも、同じような鏡片がついていたのを、私は見逃しませんでした。
翌週、社内に報告書を提出しました。
とくに問題はなく、調査は「正常に完了」と記載されました。
でも、Sさんはその日から会社に来なくなりました。
彼は何も言わず、連絡も取れないまま退職したと聞きました。
私物も持ち帰らず、机の中には一冊のスケッチブックが残されていました。
私はなぜか、その中を見てしまったのです。
中には、風景のスケッチが数枚。
見覚えのある、あの森の風景でした。
ただ、描かれている木々の枝が、すべて“逆さ”に伸びていました。
ページをめくっていくと、最後の一枚に、こう書かれていました。
「水の中では、あっちが“表”になるんだ」
私はこの言葉が忘れられず、もう一度、あの場所を訪ねました。
ひとりで行くのはためらわれましたが、当時の自分には、それを止める力がなかった。
現地には、池がひとつだけありました。
地図には載っていない、小さな池です。
だが水面は異様なまでに滑らかで、風が吹いても揺れません。
私は、そこに自分の姿が映っているのを見て――
息を飲みました。
鏡像だったのです。
反転している。
いや、私が“反転された側”なのかもしれない。
身をかがめて、水面を覗き込みました。
その時、水中の自分が――瞬きをしました。
私は、していないのに。

























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