「シー……」
どこからか、そんな声が聞こえたそうです。
母が瞬きした一瞬のあいだに、景色が変わっていたと言いました。
ひいじいちゃんがロッキングチェアに座り、私を膝に乗せている。
人差し指を口に当てて、
『起こしたら可哀想だろ』
と言うように、穏やかに笑っていた――。
その姿を見た瞬間、母は胸がぎゅっとしたそうです。
「認知症だから仕方ない……って分かっててもね。あんなに優しかったじいちゃんが、別人みたいになっていくのが悲しくて。介護も大変で……。でもあの時だけは、昔みたいな“優しいじいちゃん”が戻ってきた気がしてね」
母にとってひいじいちゃんは、かつて自分をよく可愛がってくれた「優しい祖父」でした。
ひ孫を抱いて穏やかに笑うその姿を見て、母は堪えられず泣いてしまったと言いました。
母がその話を親戚たちにすると、数人が部屋の前に集まってきました。
すると不思議なことに、全員ではないものの、ひいじいちゃんの姿が見えた人が何人かいたそうです。
「あんな怒りっぽかったのに、今日は優しい顔だな……」
「じいちゃん、やっと落ち着けたんだな」
そんなふうに言い合いながら見守っているうちに、
いつのまにかひいじいちゃんの姿は消えていた――と、母は話してくれました。
⸻
正直、私はひいじいちゃんの記憶がほとんどありません。
可愛がってもらった思い出は、アルバムの写真の中にしか残っていません。
でも、私の心の中にいるひいじいちゃんは、
認知症の苦しみからも解放され、
あのロッキングチェアで私を抱いて笑っている、
穏やかで優しいひいじいちゃんなんです。























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。