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不思議体験

どこかで見た話さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

終の夜
短編 2025/11/17 19:27 1,237view

 石田からLINEが来たのは、ちょうど仕事帰りの電車に揺られているときだった。
《百物語、やることにした。今週金曜、夜七時、俺んち集合》
 メッセージの下には、ろうそくがぐるりと並んだ薄暗い部屋の写真が添えられている。
 また変なことを始めたな、と苦笑いした。けど、参加しない理由も特になかった。

 金曜の夜、俺は駅からバスに乗り、石田の家に向かった。彼は大学の同期で、今はライター業の傍ら、小説の真似事のようなものも書いている。古い一軒家をリノベした平屋に、一人で住んでいた。最寄り駅から歩いて二十数分、灯りの少ない住宅地のはずれにその家はあった。

 ドアを開けると、すでに何人か集まっていた。大学時代の友人が二人、あとは知らない顔が三人。合わせて七人。年齢も職業もバラバラのようだった。
 部屋の中央には、細い白いろうそくがぐるりと円を描くように並べられ、そのひとつひとつに火が灯されていた。照明は落とされており、部屋全体が蝋燭の淡い光で照らされている。

 「一人一話ずつ、怪談を語る。話し終えたら、ろうそくを一本消す。百話終わる頃には、何かが現れるっていう、江戸時代の遊びさ」
 石田は少し芝居がかった口調で言った。
 「ただし、話は本気でやる。作り話でも体験談でもいい。嘘でも構わない。ただし、語るときは、信じて話すこと」

 酒と簡単なつまみが出され、夜の百物語が始まった。

 最初の話は、理系の大学院生だという男だった。ある地方の廃道を歩いていたとき、何度曲がっても同じ看板が現れるという話。GPSも狂って、ようやく脱出できたときには、時計が三時間巻き戻っていたという。

 二人目は石田。小学生のころの友人が、夏休みのあと誰も覚えていなかった話。文集にも写真にも名前がない。けれど、自分だけがその子のことをはっきり覚えている。

 三人目は、看護師だという女性。病院のナースステーションで夜勤中、誰もいないはずのICUからずっとナースコールが鳴っていた。実はその部屋の患者は、その前夜に亡くなっていたという。

 蝋燭が一本ずつ消されていくたび、部屋の空気がじわじわと冷えていく。最初は気のせいかと思ったが、十本、二十本と進むにつれ、妙な緊張感が部屋に満ちてきた。

 俺は五番目だった。何を話そうか迷っていたが、数日前に見た夢の話をすることにした。

「夢の中で、知らない街を歩いてた。街灯が一つもなくて、建物の窓って窓に、誰かの顔がぴったり張り付いてる。けど、目がなかった。全部の顔に目がなくて、穴だけ空いてる。怖いって感覚はなくて、なんというか……自分のことを全員が知ってる、って感じがした」

 話し終えて、一本、ろうそくを吹き消すと、火の匂いが鼻をかすめた。なんとも言えない、甘ったるいような、焦げたような匂いだった。

 夜は進んでいた。スマホの時計はすでに二時を回っていた。
 蝋燭は残り三本。

 九十七話が終わった。

 そのとき、それまでほとんど口を開かなかった細身の男が、すっと立ち上がった。二十代の後半か三十前後か、年齢不詳の、目元の薄い男だった。

 「この話は……本当は語っちゃいけないんだけど」

 そう前置きして、彼は語り始めた。

「十歳のとき、山で迷ったんです。林道を外れて、ずっと歩いてたら、ぽつんと明かりのついた家があった。助けを求めて入ったら、白髪の老婆がいた。でも顔がなかったんです。鼻も目も、なかった。なのに、俺にご飯を出してくれた。喋らないし、音もしない。俺は怖かったけど、なんとなく食べて、寝てしまった。起きたら、そこはただの岩場だった。でも手には、飯粒がくっついてた」

 話し終えると、九十九本目のろうそくが、誰も触れていないのに、ふっと消えた。

 部屋は暗く、重くなった。スマホの明かりすらつけたくないような、ぬるりとした沈黙が流れる。

 最後の一本が残っている。
 誰も口を開かない。
 石田が立ち上がった。

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