奇々怪々 お知らせ

妖怪・風習・伝奇

どこかで見た話さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

絹の耳
短編 2025/11/16 16:06 993view

老婆は続けた。

「けどのう、死んでからしばらくは……夜な夜な、キリ……キリ……いうて、機の音だけはしておったんじゃ。今は、もうせんけどの」

法師はその夜、志乃の家の跡を訪れた。月明かりの下、崩れた家の中に入ると、埃まみれの機織りがあった。

そして、その横に、何か布のようなものがぶら下がっていた。

それは、まるで耳のように、しなやかに垂れていた。

耳ではない。が、どう見ても、耳の形をしていた。薄く、柔らかく、風に揺れるたびに、かすかに音をたてた。

「すう……」

まるで、人のため息のようだった。

法師はその布を持ち帰り、手元に置いた。だが、それからというもの、夜になると不思議な音が聞こえるようになった。

最初は、遠くの人の声のようだった。やがて、それははっきりと、女の声になった。

「……聞こえますか」

「……わたしの耳」

「……あなたの声を、織らせて」

それは、法師がかつて幼い頃、病で死んだ母の声に似ていた。

その夜から、法師は語らなくなった。

弟子たちが話しかけても、うなずくばかりで、口を開こうとしなかった。

ある日、法師は言った。

「声は、消えるものです。……声は、布にできる。忘れた声は、もう一度、聴かれねばならぬ」

それが最後の言葉だった。

翌朝、彼の部屋には誰もいなかった。

ただ、机の上に、布が一筋、置かれていた。

その布は、耳のように垂れ下がり、ふと風が吹くと、かすかに――

「すう……」

と、誰かの名を呼ぶように揺れた

2/2
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。