俺は恐る恐る口を開いた。
「……あの、貴方は?」
男は少し首をかしげてから、にやりと笑った。
「おらか? おらは――木こりだべ。」
そう言って、暗がりの中から右手をゆっくり持ち上げた。
月明かりが差し込み、鈍く光る“斧”が見えた。
「この山の木を切ってな、それを街で売って暮らしてんだ。」
穏やかな声で男は説明すると亮介が一歩前に出て、少し引きつった笑顔で言った。
「えっと……あの、俺たち、この山を降りたいんですけど……迷っちゃって。」
男は少しだけ眉を上げ、ゆっくりと首を振った。
「今、降りるのはやめたほうがえぇ。」
低く、地の底から響くような声。
「この時間帯になると、熊とか猪とか……獣が出てくっからな。」
そう言いながら男は、手に持った斧の刃を軽く地面に突き立てた。
硬い音が、静まり返った森の中に“カンッ”と響く。
「危ねぇし、うちで夜明けまで待ってけ。小屋がすぐそこの上にある。」
亮介が俺の顔を見た。
その目には「どうする?」という迷いと、どこか好奇心の火が混じっていた。
正直、俺は警戒していた。
こんな夜の山奥で、斧を持った大男に“泊まれ”なんて言われて、素直に頷く気にはなれない。
だが、あたりはもう真っ暗。
風が木々を揺らすたび、どこかで“ガサッ”と音がして心臓が跳ねる。
「……まぁ、朝までならいいか」
亮介が苦笑して肩をすくめた。
俺は小さくため息をつき、頷くしかなかった。
男は「ついてこい」と言い、懐中電灯を灯した。
その光はやけに弱々しく、闇の中に吸い込まれていくようだった。
俺たちはその後ろ姿を追い、ぬかるんだ獣道を登っていった。
靴の裏に泥がまとわりつき、どこか遠くでフクロウの声が響く。
やがて、木々の切れ間にぽつんと小さな小屋が見えた。

























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